江川 順一氏/立命館慶祥中学校・高等学校校長

【2022年8月号掲載】

江川 順一氏
▲立命館慶祥中学校・高等学校 校長 江川 順一氏

江川 順一氏〈えがわ じゅんいち〉

札幌市出身、61歳。美唄東高等学校、稚内商工高等学校、札幌南高等学校、北海道教育委員会(指導主事)、美唄高等学校(教頭)を経て、2010年に立命館慶祥中学校・高等学校に。主幹、教頭、副校長を経て2020年から現職。

「挑戦」「貢献」「協働」を体現した生徒によるウクライナ避難民支援

 昨今のロシアによるウクライナ侵攻で、避難民を支援するため立命館慶祥中学校・高等学校の生徒が6月に募金活動を行ったことがメディアで報じられた。この活動は、学校が強制したものではなく、あくまでも生徒による自主的なものだ。
 そこで江川順一校長にその経緯と、「真の教育とは何か」について語ってもらった。

隣接国モルドバに金銭の支援を

――メディアで立命館慶祥の生徒によるウクライナ避難民への募金支援活動が報じられました。
 はい。高校3年生5人が校長室に来て「ウクライナの避難民を支援したいので学校の許可を得たい」と。「どういう支援をしたいのですか」と尋ねると「ウクライナの隣接国であるモルドバ共和国に金銭を寄付したい」ということでした。

 私は生徒にその理由を訊きました。また「なぜ寄付する国がウクライナではなく、隣接国なのか。隣接国はポーランドなど6ヵ国あるのになぜモルドバなのか」についても尋ねました。
 生徒の回答は、「物資ではなく金銭を選択したのは、SNSでウクライナ行きの支援物質が滞っていることを知って流通状態が困難だと推測した」、そして「隣接国を選んだのはウクライナに直接寄付すると武器購入に活用される危惧がある」、「モルドバを選んだのは、欧州の中でも最貧国でウクライナからの避難民を多く受け入れていて、国連や日本からの支援も十分でない」と、説得力のある内容でした。

 後から調べてわかったのですが、モルドバは人口264万人の小国で、ウクライナ避難民を約41万人(人口の約16%)も受け入れています。生徒たちはそれを十分に調べて5人の間で議論を重ねた上で「モルドバ共和国に金銭を寄付したい」という結論を導き出しました。

 しかも生徒たちは東京にある在日モルドバ共和国大使館に連絡して寄付を打診して食料等の使途を限定する「避難民支援費」の取り扱いにしてもらう約束を取り付けた上で私に相談したのです。頼もしいことに、学校が指導する点はまったくありませんでした。
 募金では中学や高校、保護者会のほか、6月5日には札幌駅前通地下広場(チ・カ・ホ)で一般の方々に寄付を募り、総額65万円弱を集め、6月18日に在日モルドバ共和国大使館に送金しました。

――そこまで生徒が自主的に考え行動するとは、驚きです。
 生徒の話によると、ウクライナ侵攻が始まった時、「何か貢献できることはないか」と5人で話し合ったそうです。春休み中はグループLINEを使い、SNSや新聞などで情報共有して互いに意見を出し合い、「全員で考察を深めることができた」と言っています。
 5人はとても仲がよく、皆穏やかな性格ですが、議論の過程では、1人が出した意見に「それは違う」と反対するなど、意見のぶつかり合いがたくさんあったようです。「結論に至った時に、全員が納得できた。皆がいたからこそ出せた結論だった」と言っています。

「Z世代」でも衝突を避けない

――立命館慶祥では、ディスカッションやディベートを通じて生徒が主体となって能動的に学ぶ「アクティブラーニング」に力を入れていますが、その実践だと言えますね。
 はい。当校では開校以来、「世界に通用する18歳」を目標に掲げ、「挑戦」と「貢献」、「協働」に力を入れていますが、今回の事例はそれを体現しています。
 生まれながらにしてデジタルネイティブの世代は「Z世代」と言われていますが、Z世代は社会問題への関心が強く情報通である反面、ぶつかり合いを避ける傾向にあります。生徒5人がとった行動は、Z世代なのに意見のぶつかり合いを避けずに他者と協働し、挑戦する逞しさを感じました。

――ほかのZ世代と、どこが違うのでしょうか。
 ベースにあるのは「多様性の尊重」だと思います。国籍や人種、価値観が異なるものだという前提があって相手の考え方が自分とは違うことからスタートすれば、お互いに尊重し合って率直に意見を交わすことができます。

 当校では中学3年に海外研修を実施して「1人1家庭」のホームステイを行います。「複数名1家庭」だと英語が得意な生徒に頼りがちですが、1人なら、どんなに英語が苦手でも身振りで伝えなくてはならない場面が生じます。それが生きたコミュニケーションにつながります。

 また海外ではその国の考え方や習慣、文化を理解した上で、日本人としてどうするかが求められます。自分は「正しい」と思っていても向こうでは通用しない。この「通用しない」、「まったく通じない」ことに気付くことがとても大切で、敢えて逆境の環境をつくって生徒自身で解決する力を育むことが真の教育だと思います。

アクティブラーニング棟
▲アクティブラーニング棟