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■患者に希望を!北海道初の“肺移植”実現へ

「患者にとって、移植手術のために道外へ移動することは“命がけ”なんです」

 札幌市内に住む高校教員、横山美紀さん(52)は十数年前、肺の難病のため、東北大学病院(仙台市)で、脳死下による「肺移植」手術を受けました。
 道内では、肺移植を受けられる認定施設がないため、道外の病院で手術を受けるしか選択肢はありません。

 横山さんのように肺移植が必要な患者さんは、重度の肺の病気のため、呼吸が苦しく、酸素吸入が必要な状態。呼吸器と酸素ボンベを携えての移動は、まさに“命がけ”です。

 移植が決まると、手術までの時間に制限があるため、リスク覚悟で飛行機で仙台へ向かう決断をしました。横山さんは「手術の成功率は50%と聞いていたので、札幌に住む両親と空港で別れる時、これが最後かもしれないとも思いました」と、様々な不安に押しつぶされそうになりながら、北海道を後にしました。

 移植手術は無事に成功。ただ、術後も長期間の入院生活を強いられるため「付き添いの家族の滞在費や交通費なども合わせると経済的な負担も大きかった。札幌での手術だったら、こんなふうに不安に思うこともなかったでしょう」と当時を振り返ります。

 道内初の肺移植の実現を目指す北海道大学病院。
 呼吸器外科の加藤達哉医師は「北海道大学病院では、心臓や肝臓、腎臓など全ての固形臓器の移植を行うことができますが、唯一、肺移植だけがまだ実現できていません」と、全国12番目の肺移植実施施設に向けて準備を進めています。

 国内の肺移植は年々増加傾向にあります。コロナ禍の2020年には減少しましたが、23年には、過去最多の128件。脳死下での肺移植を希望する患者さんも増えていて、昨年の新規登録者数は過去最高となりました。しかし、登録から脳死移植までの平均待機期間は約2年半で、重度の呼吸不全の患者さんが2年半も臓器を待つのは、現実的ではありません。

▲「万全のチーム体制で道内初の肺移植実現を!」と意気込む加藤医師

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 重度の呼吸不全とは、どのような病気なのでしょうか?
 加藤医師によると、肺移植を必要とする国内の患者さんで一番多いのは、肺が線維化を起こして硬くなり縮んでしまう病気「間質性肺炎」です。

 原因不明の特発性、あるいは薬剤性や膠原病などから間質性肺炎になる場合もあります。肺の血圧が高くなり、肺に血液が流れにくくなる「肺高血圧症」や、白血病などで骨髄移植を受けたあとに免疫反応で肺障害が起こってしまう「GVHD」、日本で特徴的に多いものとしては「リンパ脈管筋腫症」という病気があり、これらも肺移植が必要です。

 重い肺の病気で、さらに「生命の危機が迫っている」など、いくつかの条件を満たす患者さんに適応される肺移植。このような患者さんが、2年半の待機期間を経て、移植のために道外へ移動することは身体的、精神的、経済的にも大きな負担となり、患者や家族に重くのし掛かります。

 そのため、「道外での肺移植を提示しても移植を諦めたり、望んでいても移植施設への搬送が困難だと判断され、実際に断念したケースもあります」と加藤医師は表情を曇らせます。

「移植でしか助からない命を北海道の地で助けたい」という加藤医師ら北大呼吸器外科の思いは一つ。肺移植実現のために、カナダ・トロント大学で経験を積むなど着実に準備を進めてきました。現在は、新規肺移植認定施設の申請を済ませ、来年度中には審査が完了する見通しです。

 肺移植後は、高校教員に復帰できるほどに回復し、命の尊さを伝える授業を続けている横山美紀さん。「道内で肺移植が可能になれば、術後の不安もなくなり、肺移植を望む患者さんが増えるのではないでしょうか」と、移植医療の未来に期待を寄せています。

 道内の患者さんや家族、そして臓器移植に携わる全ての医療従事者の願いでもある肺移植。北大病院では3年後の2027年、道内の第一例目を目指します。

(構成・黒田 伸)

■国内で肺移植を実施できる施設
 肺移植手術を行える認定施設は、現在道外の11施設のみ。東北大病院(宮城)、独協医科大病院(栃木)、千葉大病院(千葉)、東大病院(東京)、藤田医科大病院(愛知)、京大病院(京都)、大阪大病院(大阪)、国立循環器病研究センター(大阪)、岡山大病院(岡山)、福岡大病院(福岡)、長崎大病院(長崎)。心臓や腎臓など移植可能な7種の臓器のうち、道内に移植施設がないのは肺だけ。

松本 裕子(医療キャスター)

松本裕子

uhbニュースキャスター時代に母親のがんがきっかけで2010年からがん医療取材・啓発活動をスタート。北海道新聞とともに「がんを防ごう」キャンペーンを展開し、予防や早期発見、最新治療、がんと生きる―などをテーマに医療特集を自ら制作。その後、現代人を襲う様々な疾患について、患者に寄り添った取材活動を続けている。また、女性のライフスタイルや健康のサポートにも取り組んでいる。
★uhbで毎月第4日曜日 早朝6時15分〜6時30分「松本裕子の病を知る」放送中。
 YouTubeでも配信している。