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■「移植で人生が変わった」“慢性腎臓病”と生きる患者さんの選択

「腎移植で人生が大きく変わりました」

 そう穏やかに語るのは、北海道腎臓病患者連絡協議会の川村隆志さん(66歳)。25歳の時、「慢性腎臓病」から末期の腎不全と診断され、人工透析による治療を余儀なくされました。

「当時は、この先、結婚できるのか?普通の人生を送れるのか?という不安でいっぱい。透析をしながら生きていくという覚悟が必要でした」 

 まだ20代の川村さんにとって、週3回、1回4時間にわたる血液透析は、仕事や生活に大きな制約をもたらします。それでも周囲の理解に支えられ、川村さんは結婚。仕事と透析を両立することもできました。

 一方で、むくみや倦怠感に悩まされ、精神的に落ち込むこともあったと言います。37歳で移植希望登録を行い、待つこと10年。47歳の時、亡くなったドナーから腎臓の提供を受け、腎移植が実現しました。
「透析を受けていた頃は、食事や水分制限がとにかく厳しかった。でも移植後は自由になって、生活が一変しました」と目を輝かせる川村さん。

 しかし、透析をしている患者さんの多くは、「移植なんて別世界の話」と諦めている状況だと言います。川村さんは、同じ病気と闘う仲間たちに「移植という人生を変える選択肢がある」ことを正しく理解してもらいたいと、活動を続けています。

▲「透析と腎移植、両方を平等に提示・選択できる社会の実現」を願う西尾医師

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 国内の患者数2000万人、成人の5人に1人と推計され、“新国民病”とも呼ばれている“慢性腎臓病(CKD)”。北海道大学病院 リウマチ・腎臓内科の西尾妙織医師は「慢性腎臓病とは、腎臓の働きが60%未満に低下した状態、尿蛋白が一定以上出る状態が3ヵ月以上続く病気の総称」と定義します。

 症状としては、むくみや倦怠感、貧血、息切れなどが見られますが、初期にはほとんど自覚がなく、“気づかないうちに進行している”ことが多いのが実情です。主な原因は、糖尿病による「糖尿病腎症」が一番多く、最近は高齢化で、高血圧が引き起こす「腎硬化症」から透析になるケースが増えています。

 西尾医師は「残念ながら、一度低下した腎機能を完全に元に戻すことはできません。ただ、適切な治療で進行を遅らせることは可能」と、早期発見・治療の重要性を強く呼びかけます。
 腎機能が15%未満にまで落ち込む「末期腎不全」になると、「透析」または「腎移植」という2つの治療選択肢が現実のものとなります。

 透析は人工的に体内の老廃物や余分な水分を取り除く治療で、道内だけでも1万6000人以上が受けています。血液透析と腹膜透析の2種類があり、生命を維持する重要な治療ですが、腎機能を完全に代替することはできないため、通院や食事制限、合併症など、生活に大きな支障が生じます。

 一方、腎移植は、腎機能の回復によって“普通の生活”を取り戻せる治療法。西尾医師は「免疫抑制剤を一生服用する必要はありますが、提供された腎臓がしっかり機能すれば、多くの面で生活の質が向上します」と利点を話します。
 腎移植には、家族などから腎臓を提供する「生体腎移植」と、亡くなった方から提供される「献腎移植」があります。しかし日本では、健康な身体にメスを入れる生体腎移植が約9割を占め、献腎移植の普及が大きな課題です。

 献腎ドナーの極端な不足で、待機者が多い腎移植の平均待機期間は約15年。脳死や心停止後の臓器提供に対する国民の理解がまだ十分ではない中、西尾医師は「移植について小中学校の頃から学び、家族で“自分だったらどうするか”を話し合うこと。そうした積み重ねが、いざという時の助けになります」と訴えます。

 透析か移植か──どちらも生命を支える治療です。大切なのは、患者自らが納得して選び、その人らしい人生を歩めること。川村さんが経験した「普通の生活のありがたさ」は、医療があるべき希望の姿を静かに教えてくれます。

(構成・黒田 伸)

■北海道腎臓病患者連絡協議会(道腎協)
 腎臓病患者とその家族を主な会員とし、道内の16地域の「腎友会」会員らで組織する協議会。1977年3月に患者会を結成していた札幌、函館、苫小牧など8地区の代表者40人が参加して結成準備会が開かれ同年10月1日に会員146人が参加して活動が始まった。
 腎疾患総合対策を国会議員に請願したり腎移植の普及に向けての啓発活動を続ける。事務局は北海道難病センター(札幌市中央区南4西10)3階。電話011‐206‐4881

(K)

松本 裕子(医療キャスター)

松本裕子

uhbニュースキャスター時代に母親のがんがきっかけで2010年からがん医療取材・啓発活動をスタート。北海道新聞とともに「がんを防ごう」キャンペーンを展開し、予防や早期発見、最新治療、がんと生きる―などをテーマに医療特集を自ら制作。その後、現代人を襲う様々な疾患について、患者に寄り添った取材活動を続けている。また、女性のライフスタイルや健康のサポートにも取り組んでいる。
★uhbで毎月第4日曜日 早朝6時15分〜6時30分「松本裕子の病を知る」放送中。
 YouTubeでも配信している。