■一つしかない治療薬 遺伝難病 “多発性嚢胞腎”に未来を!
「私が大学院生のころは、“嚢胞(のうほう)腎”って何?医師の間でもマイナーな病気で、がんと間違えて腎臓を取ってしまうこともあったそうです」
そう話すのは、北海道大学病院血液浄化部の西尾妙織医師。大学院生時代から28年間、「多発性嚢胞腎」の診療と治療薬を開発するため研究を続けています。
腎臓は、私たちの身体を浄化し、生命を維持する上でとても重要な臓器です。しかし、腎臓に液体がたまった袋=嚢胞ができ、年を取るにつれて嚢胞が大きくなり腎臓機能が低下してしまうのが「多発性嚢胞腎」という病気です。患者さんの約半数が、60歳までに進行して末期腎不全となり、人工透析や腎移植が必要となります。
多発性嚢胞腎は、遺伝性腎疾患の中で最も多い病気で、患者数は約3万1000人。西尾医師は「認知度が低いため正しく診断されていないだけで、本当はもっと患者さんがいるかもしれません」と警鐘を鳴らします。
これまで、慢性腎臓病や腎移植の取材をしてきた私。多発性嚢胞腎についてはほとんど知りませんでしたが、実は身近な人の透析の原因がこの病気だと知り、決して珍しい病気ではないことに驚きました。
主な症状は、腹痛や腰痛、腹部の膨満感や血尿などですが、嚢胞があっても早期には、痛みや自覚症状がないことも多いと言います。また、多くの患者さんに高血圧が見られ、嚢胞感染、尿管結石、脳動脈瘤、心臓弁膜症など、腎臓だけでなく他の臓器にも様々な合併症が生じることがあります。
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主な原因は、「遺伝的要因」で、腎臓の尿細管の太さを調整している「PKD遺伝子」の異常です。PKD遺伝子の異常を親から受け継いだ場合、尿細管の太さを調整することができなくなり、嚢胞ができてしまうと考えられています。親が多発性嚢胞腎の場合、子供が発症する確率は50%。ただし、子供の数の半数が発症するというわけではなく、兄弟全員に遺伝することもあれば、誰にも遺伝しないこともあります。
残念ながら現在、多発性嚢胞腎を根本的に治す治療薬はありません。そのため、嚢胞が増大する速度を抑え、腎機能の悪化を遅らせて透析を先延ばしにする治療が行われます。しかし、現時点で保険収載されている薬は、一剤のみ。限られた条件の患者さんにしか処方することができず、進行を遅らせることはできるものの、薬を内服していても末期腎不全になり、透析に至ってしまう患者さんも少なくありません。
また、多発性嚢胞腎の患者さんの中には、腎臓だけでなく肝臓にも多数の嚢胞が出現することがあり、肝臓が腫れ、腹部が膨み、食欲不振や呼吸が苦しいなどの症状を引き起こします。そのような症状は、多発性嚢胞腎の患者さんの約30%にみられると報告されていますが、肝嚢胞に対する治療薬はまだありません。
「普通の服を着て外出して、お買い物をして、美味しいものを食べて…そんな夢を叶えられなかった患者さんを何人も診てきました」と無念の表情を浮かべる西尾医師。
そんな西尾医師が基礎研究を進めている多発性嚢胞腎の治療薬の候補が、安全で治療に有効であることを証明するため、多額の研究費用の一部をクラウドファンディングで募ることになりました。
西尾医師が着目する「エンテロペプチダーゼ阻害薬」は、嚢胞を悪化させるアミノ酸の消化・吸収する働きを阻害することによって、嚢胞の増大と腎機能悪化の進行を抑制できることが、すでに動物実験で明らかになっています。薬によってアミノ酸の吸収を抑えることができれば、辛い食事制限が緩やかになる可能性も。また、肝嚢胞への効果も明らかにしたいと考えています。
「患者さんが自分らしい生活を送れるように…そして、透析になる患者さんを1人でも減らしたい」。西尾医師の挑戦は、多くの患者さんが望む“新しい薬〟という希望へ向けて、いま大きく動き出しました。
(構成・黒田 伸)
■クラウドファンディングによる寄付
多発性嚢胞腎の治療薬開発に向けた基礎研究費用を募っている。目標金額は670万円。募集は2025年1月29日まで。個人は3000円から100万円まで8種類。法人は3万円から100万円までの6種類。コースによって北大フロンティア基金からのギフトや北大総合博物館内への寄付者銘板の掲出などのリターンがある。QRコードはこちら。