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■1型糖尿病を治る病気へ…進化する膵臓移植

 今年4月から、UHBで放送中の『松本裕子の病を知る』で取材を続けてきた「シリーズ臓器移植のいま」。

 これまで、腎臓、心臓、肺、肝臓と部位別にお伝えしてきましたが「膵臓」も臓器移植が可能な臓器であることをご存知でしたか?
 国内では、他の臓器に比べてあまり馴染みがありませんが北海道大学病院移植外科の渡辺正明医師は「膵臓移植とは、重症の“1型糖尿病”に対する根治的治療法」と話します。

 1型糖尿病は、生きていくのに欠かせないインスリンを作っているβ細胞が壊され、膵臓からインスリンを分泌する力が弱まったり、ほとんど分泌しなくなってしまう病気です。国内の糖尿病全体の約5%が1型糖尿病と言われ、若い人を中心に幅広い年齢で発症します。

 なぜβ細胞が壊されるのか?
 その原因はよくわかっていませんが、一つには免疫反応が正しく働かないことで自分のβ細胞を攻撃してしまう…つまり「自己免疫」が関わっていると考えられています。主に生活習慣から発症する2型とは異なり、1型糖尿病は、自己免疫疾患の一種とされています。

 1型糖尿病の治療の基本は、「インスリン注射」。しかし、渡辺医師は「重症化するとインスリン注射による血糖調整も容易ではありません」と、根治治療としての「膵臓移植」の重要性を訴えます。

渡辺医師
▲「膵島移植を早く実施できるようにしたい」と話す渡辺医師

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 膵臓移植は、膵臓全体を十二指腸の一部とともに移植する方法です。膵臓移植を待機している患者さんのほとんどは、糖尿病による「慢性腎不全」を合併しているため、90%を超える患者さんが、膵臓と同時に腎臓移植も受けています。2019年、国内で脳死ドナーからの膵腎同時移植は46例行われました。

 渡辺医師は「膵腎同時移植を受ける患者さんは、基本的に透析療法を受けている方なので、移植後は合併症のリスクや時間的な拘束から解放されます」と移植のメリットを強調します。
 また、インスリン注射によって低血糖を起こし、けいれんや意識を失うこともあるため、移植によってインスリン注射が不要になることは、患者さんのQOL(生活の質)向上に繋がります。

 しかし、膵臓は移植手術の中でも難易度が高く、手術による合併症や移植後の拒絶反応などのリスクを伴い、残念ながら亡くなる方もいらっしゃいます。膵臓は「なくても生きていける臓器」。リスクを考えると、移植を行わないという選択肢もあるのです。

 そんな中、体への負担が少ない新しい治療法として、「膵島移植」が今注目されています。
「膵島」とは、膵臓の中に点在している、インスリンなどを分泌する細胞の塊です。これらを膵臓から特殊な技術で集め、1型糖尿病の患者さんのお腹に差し込んだ細い管を通じて、肝臓の血管に点滴します。点滴時間は、1回15分〜30分程。1回の移植で生着する膵島は限られるため、2〜3回の移植を受ける必要があります。

 移植が成功すると、膵島は肝臓に生着し、患者さんの血糖値に反応してインスリンを分泌するようになり、インスリン注射の量が減ったり、血糖値の安定と低血糖発作の減少などが期待できます。

 開腹手術を行う膵臓移植に比べると、患者さんにとって低侵襲な膵島移植。その安全性や治療効果が認められ2020年から保険適用になりましたが、膵島を膵臓から分離するには特殊な設備が必要で、実施できる施設が現状では少ないことが課題です。

 北海道大学病院は、膵島移植を目的とした膵島分離・移植施設として認可、承認されました。
「膵島移植を早く移植が必要な患者さんに実施できるように、今準備を進めています」と意気込む渡辺医師。

 1型糖尿病を“治る”病気へ。長年インスリンを注射し、低血糖に怯えながら生活している1型糖尿病の患者さんのために…北海道大学病院移植外科の挑戦は続きます。

(構成・黒田 伸)

■正着
 移植した細胞や組織、臓器が正常に機能している状態を指す。臓器提供者(ドナー)の細胞が患者の免疫力によって排除されると正着不全となって命に関わることもある。

■侵襲と低侵襲(治療)
 医学用語で用いられる時は、生体の内部環境に対して変化をもたらす刺激や行為を「侵襲」といい、患者にとって痛みや苦しさなどが少ない投薬や手術などの医療行為を低侵襲(治療)などと呼ぶ。

松本 裕子(医療キャスター)

松本裕子

uhbニュースキャスター時代に母親のがんがきっかけで2010年からがん医療取材・啓発活動をスタート。北海道新聞とともに「がんを防ごう」キャンペーンを展開し、予防や早期発見、最新治療、がんと生きる―などをテーマに医療特集を自ら制作。その後、現代人を襲う様々な疾患について、患者に寄り添った取材活動を続けている。また、女性のライフスタイルや健康のサポートにも取り組んでいる。
★uhbで毎月第4日曜日 早朝6時15分〜6時30分「松本裕子の病を知る」放送中。
 YouTubeでも配信している。