越智 文雄氏/あかりみらい社長
【2024年9月号掲載】
【特別対談】「違和感」は人間が持つ本能、見逃さずに行動すればやるべきことが見えてくる
国際ジャーナリスト・堤未果氏の著書『国民の違和感は9割正しい』(PHP新書)が多くの人に読まれている。トーハンの週間ベストセラー(新書部門)では、5月21日調べから7週連続1位を獲得。その堤氏と、本誌で「越智文雄の時論・持論・自論」を連載執筆する危機管理コンサルタント、越智文雄あかりみらい社長が世の中の違和感などについて語り合った。
違和感を持った時 立ち止まって形にする
越智 堤先生はこれまでも『デジタル・ファシズム』(NHK出版)や『堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法』(幻冬舎)などのベストセラーを出してきました。この『国民の違和感は9割正しい』もとても共感できました。
堤 もともと違和感を持つことがたくさんあった、という方ほどこの本を読んで「腑に落ちる」「よくわかった」「私は間違っていなかったんですね」と肯定してくださいます。
越智 著書の〈はじめに〉では、「違和感は、私たちが太古から持つ動物的本能、危険を知らせるアラーム」と書かれていますね。
堤 違和感を持った時、言語化しないとその違和感は消えてしまいます。ですから、発信する、誰かに話すなどして、立ち止まって形にしておくのはすごく大事。
でも、もやもやしていても、「こんなことを言っても…」と言わなかったり、あるいは言えなかったりで、スルーしてしまうと自分がわからなくなってしまう。これはこわいこと。違和感を見逃さずに、自分は違和感を感じているんだな、と意識することがすごく大事なんです。
越智 なるほど。実に新鮮なお話です。
堤 意識をするとアンテナが立つので、情報が入ってくる。大事なことをキャッチできるようになり、いろいろなことが点と点でつながってくる。そして「おかしい」と感じる人は本能的に本来の場所に戻りたくなる。そこで次にやるべきことが見えてくるんです。だから、違和感をキャッチするのは最初の入口で、そこから意図的に行動することが大切です。
越智 人間の本能は変わっていないけど、世の中の方が変質してしまった。それがコロナ禍でくっきり見えてきた。それを堤先生が明確に書いてくださり、「やっぱり、そうだったのか」ですよね。
堤 コロナ禍では、政府が言うこと、WHOが言うことがすべてで、それ以外の言論を徹底的に排除しました。それがあからさまで見えやすく、「そんなことまでやるんですか」という事例がいくつもあった。昔は、少しは恥ずかしいと思ったり、何となくごまかしたり、わからないようにやったり、ばれた時には慌てたんですけど、今はほとんどの政治家が、開き直り責任を取らなくなってしまいました。
オートメーション化で人が判断しなくなった
越智 政治の世界だけではなく、商いの道徳でも同じことが言えます。私はコロナ禍から次亜塩素酸水溶液普及促進会議代表理事、日本除菌連合代表として活動しています。除菌に最も有効であるはずの次亜塩素酸水を排除しようとするアルコール業界やその利害関係者による陰謀と戦ってきました。
SNSでは風評とデマを匿名で書きたい放題。おかしな文化になってしまいました。正論は自分の名前で話せと言いたい。恥を知らない人たちが増えてしまった。
堤 仰る通り色々な分野で道徳が崩れているのを感じますね。私は以前に『デジタル・ファシズム』という本を書きました。SNSの普及で、いつでもスマホで好きなところにアクセスできるようになり、周りが自分をどう見ているか、社会の中で自分が恥じないか、ということよりも自意識がすごく大きくなっていってしまった。昔の日本には「お天道様が見ているよ」「ご先祖様に申し訳がたたない」という意識がありましたよね。今は、気持ちのよさそうなことだけを選べ、そういうモノや情報だけを受け入れ、気持ちよくなったところでモノを売りつけられる、というようなビジネスモデルの中心になってきています。
越智 まさかこんな有名な大企業がやるわけがない、というようなことが実際に起きている。トヨタグループの在庫の過大計上や認証不正などはその実例で、豊田章男会長が「やれ」と言ったわけじゃないけど、組織の中でやってしまう、ということがあるのでしょうね。
堤 在庫という点で言えば、出版業界がそうですね。紙の本を読まない人が増えてきて、書店さんはそういう時こそ良い本を広げていきたいと思っているけど、出版社のほうが在庫に過敏になり増刷にも消極的になっている傾向がありますね。
越智 あらゆることがオートメーション化され、「こうやるとこうなる」というように、人間が判断しない。考えなくなってしまっているのではないでしょうか。
堤 そこはすごく大事なポイントですね。人間の人間による人間のための組織・システムが、AI化で大きく変わってしまいました。
越智 ルールに沿って、マニュアル通りにやって、失敗もない、リスクもとらない。楽してできればいい。昔はお役人にそういう傾向が見られましたが、今では民間企業でも増えてきた。
堤先生も著書に書かれていますが、海外の考え方やシステムがそのまま日本に流れてきて、それまでは日本のやり方のほうが良かったのに、無理やり変えられてしまった、ということもありますね。
堤 はい。たとえば農業では、アメリカやオーストラリア、フランスといった農業大国で広大な土地を持つ国のやり方を、四季の特徴も土壌環境もまったく違う日本に持ち込んでも合わない。上手くいくはずがありません。
日本の食料基地として北海道農業を守る
越智 先日、北海道農業協同組合中央会の樽井功会長と懇談しました。肥料や飼料、燃料、資材価格の高騰に加え、就農者の高齢化や後継者・担い手不足などで北海道の農業はかつてないほど厳しい状況にあります。堤先生は農業や食に関しても幅広い見識をお持ちで、著書もあります。
堤 農水省は「足りないものを輸入すればよい」とか「たくさんつくればよい」という経産省的な考え方をずっと持っています。平時はこれでよくても、有事になった時に、牛が食べる飼料がなくなった、肥料も農薬も手に入らないという事態になり、その時になって「しまった」となる。危機感がないんですね。いまは、日本の大切な食料基地としての北海道農業を絶対に守らなければならない時。そのためには補助が必要です。そこに目を向けなければなりません。
越智 はい。国に求めていくのは北海道の行政としても、知事をはじめ、「北海道はどうあるべきか」「このようにやりたい」という意思をしっかり示さないと、国も動かないですよね。
堤 コロナ禍で「国が動いてくれないから私たちはこうします」「こういうやり方でいきます」という地方自治体の動きがいくつか見られました。そこまで追い詰められていたんです。北海道と九州や沖縄とではあらゆる条件、環境が異なります。北海道が持つポテンシャルを最大限に活かすには、北海道が自分たちの未来を選んでいかれるように地方自治が尊重される制度が必要です。
越智 そうなんです。知事なり、道庁の幹部職員なり、市町村の首長なり、議員なり、それぞれの役割の中で動き、発信していかなくてはなりません。それが制度疲労なのかどうか、「目立っちゃいかん」と動きが鈍いところがある。
堤 地域の幸せをつくるために自分の会社がその一部になっている、といった考え方が日本にはあったはずなのに、どんどん個人がバラバラに分断され、歪んだ競争をさせられるようになってしまっています。
照明の2027年問題いま国難が起きようと…
越智 私はいま、「照明の2027年問題」に取り組んでいます。2025年にコンパクト電球が製造禁止、26年にはコンパクト蛍光管が製造禁止、27年12月には蛍光管が製造禁止になります。これは世界147ヵ国の国際条約で定められたことで、このままでは半導体獲得競争やLEDの奪い合いが本格化するでしょう。
2027年までに日本の照明を完全LED化するだけの能力がないことは、大手照明メーカーでつくる業界団体にはわかっていたはずなのに条約締結をミスリードしたといえます。LED発光ダイオードの原料であるガリウムの93%を独占する中国の国際戦略があったことは間違いありません。絵に描いたような経済安全保障問題で、赤子の手をひねるようにやられ、国難が起きようとしています。
堤 それは恐ろしいことになっていますね。かつてアメリカも中国も、日本を脅威としていました。その理由の一つは、日本人が勤勉なだけでなく、全体の「和」を重んじて動く民族だったからです。一神教の国と違い、日本人は「八百万の神」を崇め、万物に感謝し全体の調和から頂戴するという精神性を持っている。ご飯を食べるときに「いただきます」という言葉が自然に出てくるでしょう?本当に素敵ですよね。ところが今ここが崩れかけているから、海外勢がどんどん手を突っ込んでくる、つけこまれているのです。
越智 そうした伝統的な風習も大きく変わってしまいました。言葉の使い方にも「おかしいな」と違和感を持つことはよくあります。
堤 今危ないな、と感じるのは、「多様性」という言葉が巧妙に悪用されていることです。私は以前国連に勤めていましたし、海外に長く住んでいたので他文化との共生の大切さはよく理解できるのですが、たとえば移民を受け入れることについては今多くの国がかつてないほどの問題に直面しています。
文化や宗教、生活習慣の違う人々を受け入れる際、当然起こりうる多くの摩擦をどうするか。ここを丁寧に議論して設計していかないと分断と対立が起きてしまう。でもその現実から目を背け、安い労働力やインバウンド優先でどんどん入れている。「多様性」という言葉を盾に意見を封じてしまう風潮に危機感を感じます。これをやったために、悲惨なことになっている欧州の二の舞になってはいけません。
「三方よし」「お互い様」精神の重要性が高まる
越智 そうですね。SDGsという言葉も便利に使われていますよね。SDGsも脱炭素も完全にビジネスの道具になっています。
堤 SDGsと脱炭素は最初から次の巨大市場としてグローバル企業と金融業界が目をつけていたものでした。問題はメディアもそこに加担していること。色々なものがグローバルビジネス化され、それをメディアはお金で買えるようになった。ある国で商売をするため、その国のメディアに影響を与えて情報を操作して、儲けようとする行為が常態化してきています。
科学は一つの説が誕生した時に、本当にそうなのかという人が現れ、そこで証明して、また別なところから「この場合はどうか」という実験をして、本来、そうやって進化してきたはず。ところがコロナや地球温暖化といった昨今の世界的有事では、白黒のどちらか一つにしか正解がないとして、利権のために科学というものの本質を根本からおかしくしてしまった。情報も言論も異論も許さなくなった時、全体主義が忍び寄ってくる。歴史が証明していますよね。かつて商売というものには、他者や社会の役に立つという良き精神や信頼があったはずなのに。
越智 日本には、この人となら一緒にやっていける、というような信用に基づくビジネス文化があったのですが、だんだん崩れていっているようにも思えます。
堤 ええ。「信用ベースのビジネス文化」は、まさに失ってはならないものの一つですよね。リーマンショックがあった時、ニューヨークの学生たちが、やりたい放題していた金融機関のビルに「倫理無くして利益なし」というステッカーを貼って回っていたのを覚えています。米国もいまのような「今だけカネだけ自分だけ」の拝金主義に走る前には、公益を重んじる大企業がたくさんあったからです。
日本に昔からある、売り手、買い手、社会のすべてが満足できる近江商人の「三方よし」や、他者の立場に自分を置いて譲り合う「お互い様」の精神の重要性は、荒んだいまの時代にこそ、かつてないほど高まっています。日本人は今こそこの精神を思い出し、世界に示してゆくチャンスです。
「2027年問題」に取り組まれている越智社長のように、祖国の危機を自分ごととして捉え、本気で動く大人の姿を子どもたちにどれだけ見せられるか。失ったのではなく忘れているだけですから、きっとできると私は信じています。岐路に立つ日本にとって、とても大事なこのタイミングで、こうして北海道でお目にかかれて本当によかったです。ありがとうございました。
越智 ありがとうございます。これからもいろいろなことを教えて下さい。
越智 文雄氏〈おち ふみお〉
㈱あかりみらい代表取締役。北海道大学卒業後、北海道電力入社。電気事業連合会企画部副部長、北海道洞爺湖サミット道民会議事務局次長、北海道経済同友会などを歴任。電力業界で初代の危機管理担当室長の経験から自治体・企業へのアドバイザーとして活躍。環境・エネルギー問題の専門家。(一社)次亜塩素酸水溶液普及促進会議代表理事、日本除菌連合の会長を務める。札幌なにかができる経済人ネットワーク主宰。
堤 未果氏〈つつみ みか〉
国際ジャーナリスト。ニューヨーク州立大学国際関係論学科卒、ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。国連、米国野村證券などを経て現職。政治、経済、医療、教育、農政、食、エネルギーなど、徹底した取材と公文書分析に基づく調査報道を続ける。『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)で日本エッセイスト・クラブ賞、新書大賞受賞。『堤未果のショック・ドクトリン』(幻冬舎新書)など著書多数。