細越 良一氏/一般財団法人 北海道農業近代化技術研究センター 理事長

【2020年11月号掲載】

北海道農業近代化技術研究センター_細越良一氏

〈ほそこし りょういち〉1949年9月20日生まれ、千歳市出身。73年北海道大学農学部農業工学科卒業、同年北海道空知支庁耕地部計画課入庁。89年北海道企画振興部地域調整課主査、97年北海道東京事務所参事、2001年北海道農政部農村計画課課長、05年日高支庁長、07年農政部参事監、08年農政部長。10年北海道農業近代化技術研究センター専務理事、13年理事長を経て、2019年6月に相談役に就任。

“美味しい”直播米普及で北海道の稲作を持続的に発展

〝労働力不足〟が顕著な本道の農業分野。関係各所がさまざまな施策を用いて解決策を探るなか、この5月にホクレンが発売したのは、かねてから細越氏が提唱する〝直播米(ちょくはんまい)〟。従来の方法ではなく、麦のように水田に直接籾をまいていく栽培方法で、大幅な作業の省力化が図られることから〝稲作の救世主〟との呼び声も高い。直播米の可能性を訊いた。

「直播=まずい」の構図は過去

——ホクレンが5月に〝直播米〟の販売を開始しました。直播の機運が高まっていると感じます。
そうですね。新型コロナウイルスの感染拡大が続いている中での販売開始ということもあり、大きく注目されることはありませんでしたが、ホクレンが『えみまる』(直播米)の販売を開始したことは大きな意義があると考えています。
それに加えて、注目すべきは『えみまる』を告知する広告記事の文面で、

 「『えみまる』は直播という、田んぼに直接種をまく農法に適した品種です。稲作において育苗と田植えは大変大きな労力が必要です。作業の省力化は、北海道米の持続的な生産につながります。『えみまる』は北海道のお米作りの未来を担っています」

との記述があったこと。

これまでホクレンが積極的にPRしてきたのは、北海道農業そのものの紹介や〝農産物の安全・安心〟などについてが大半で、本道農業の現状や将来の在り方に触れることは少なかったように思います。こうした視点からみても直播米『えみまる』の販売開始は、本道農業にとって大きな一歩であると言うことができます。

——稲作の〝救世主〟とまで言われていますが、背景にあるのは。
農林業センサスによれば、本道の稲作農家は2005年に約2万戸であったものが、18年には約1万3000戸と、13年間で3分の2に減少しています。

これに対し稲作作付面積はというと、約11万ヘクタールとほぼ横ばいで推移しています。このため、戸当たりの経営規模は約1.5倍に拡大しており、個別経営体としては限界に近づきつつあります。

こうした状況のなかで求められるのは〝作業の省力化〟で、その切り札として大きな期待を背負っているのが『えみまる』というわけです。

——作業を省力化することで〝味〟が落ちるということはないのでしょうか。
『えみまる』は道総研・上川農業試験場が直播に適した品種として開発したものですが、食味についても日本穀物検定協会(東京)が例年発表する「米の食味ランキング」で、特に良好なものだけに与えられる〝特A〟の〝ななつぼし〟と同程度とされています。確かに「直播=まずい」という評価を耳にしたことはありますが、それはもう過去のことです。

ちなみに、これまで直播向きとされた品種には『大地の星』や『ほしまる』がありますが、『大地の星』は冷凍ピラフのような加工向け、また『ほしまる』は官能評価で一定の評価を得てはいたものの、消費者の目に触れることはほとんどありませんでした。

急速に普及する乾田直播方式

——一般的に〝直播〟というのは馴染みのない言葉だと思います。そもそも直播にはどういった歴史が。
確かに〝直播〟という言葉自体聞き慣れないものだと思いますが、その歴史は古く、北海道で稲作が始められた明治末期に「たこ足」という農機具を使用して種を播いたのがその始まりとされています。

その後、しばらくは直播による稲作が続けられましたが、発芽が遅く、何度となく冷害に遭ったことから、現在の育苗移植方式に取って代わられることになります。その後は育苗移植方式による栽培が主流となりましたが、実は30年程前から将来の労働力不足を見据え、上川や空知管内の先進的な農家の方々は、新たな直播の取り組みに着手していました。

直播には〝湛水直播〟と〝乾田直播〟があり、代掻き作業が不要な乾田直播が省力化の観点から注目を集めましたが、入水時の種浮きや生育初期の雑草対策などの課題が浮き彫りとなり、安定した収量を得るまでには至りませんでした。

その後、地下かんがいの実現により種浮き防止が図られるとともに、農業改良普及センターが雑草の事前予察手法を確立したことなどもあり、乾田直播方式が急速に普及することとなったわけです。

——今後の稲作に大きな変化をもたらすことになりそうですね。
今後さらに続く農家戸数の減少に対応し、省力化を実現するのが直播栽培であり、「直播米=まずい」という評価を一変させられるのが『えみまる』です。

現在、北海道の稲作地帯では、国や道によって水田の大区画化と併せて、地下かんがい施設の整備が精力的に進められています。これらの整備が促進されることで、スマート農業の導入が加速するとともに、美味しい直播米『えみまる』のさらなる普及拡大が進めば、必ずや北海道の稲作は持続的に発展していくでしょう。

一般財団法人 北海道農業近代化技術研究センター
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