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■“拡張型心筋症〟と心臓移植、止まりかけた心臓を救う…

「母もこの病気で亡くなっていたので、“まさか”というより“やはり”と思いました」

 そう語るのは、日高地方で教師を務めている水橋郷さん(49)。30代のある日、風邪をひいた後に咳が止まらず、肺炎を疑って病院を受診したのが「拡張型心筋症」と診断されるきっかけでした。

 教師として働きながらも、先の見えない不安に襲われた水橋さん。その後、1年足らずという短い期間で病は進行していきました。
「むくみで靴が履けなくなったり、肺に水が溜まって横になると息苦しく、ソファで寝る毎日でした」
 ペースメーカーの植え込みなどを行い、札幌市内の病院に入院しましたが、自力で歩くこともできず、腹水もたまり、寝たきりの状態になりました。

 静かに進行し、気づいたときには深刻な状態に陥る──国内で約2000人に1人と推定される「拡張型心筋症」とは、どのような病気なのでしょうか?

 北海道大学病院 循環器内科の安斉俊久医師は「心筋梗塞は心臓の血管が詰まることによって、心筋=心臓の筋肉が壊死する病気。“心筋症”は、心筋そのものに異常が起き、心臓のポンプ機能が落ちていく病気の総称」と話します。

安斉医師
▲「家族に心臓病の方がいる場合は、一度専門医を受診してほしい」と話す安斉医師

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「拡張型心筋症」は心臓の左心室が拡大して心筋の収縮する力が弱くなり、血液を送り出すポンプとしての働きが低下していきます。進行すると心不全や不整脈のリスクが高まり、突然死を招くこともあります。

 最初は「少しの動作で息切れする」「疲れやすい」といった症状ですが、やがて全身に血流障害が及び、手足のむくみや冷感、食欲不振などが出現します。特に40〜50代の働き盛りの男性に多く「家族性のケースが2〜3割を占めるため、家族に心臓病の既往がある場合は早めの受診が重要」と安斉医師は呼びかけます。

 治療の基本は、心臓の負担を軽減する薬剤などの内服。最近では、進行を遅らせる効果が期待できる新薬も登場し、治療の選択肢は広がっています。
 しかし、水橋さんのように薬物療法では効果が見られない場合、ペースメーカーや補助人工心臓(VAD)、さらには心臓移植という次のステージへ進むことになります。

 水橋さんは北海道大学病院に転院し、心臓移植を受けることを決断。補助人工心臓を装着し、自宅で移植ドナーを待つ生活が始まりました。
「家族のためにも生きたいという気持ちでした。不安はありましたが、家族や医療スタッフの支えが大きな力になりました」

 そして、待つこと約6年。ついに脳死ドナーからの心臓移植が実施されました。
「術後、ICUで目覚めた時、自分の胸で心臓が力強く鼓動する音を聞き、涙があふれました。命をつないでくださったドナーの方への感謝で胸がいっぱいになりました…」
 移植後、水橋さんは職場に復帰。「自分一人の体ではないと感じながら、生きていきたい」と静かに語りました。

若狭医師
▲「最善の選択ができるように、現場として
努力を続けたい」と力を込める若狭医師

 心臓血管外科の若狭哲医師は「拡張型心筋症は、かつて助からない病気とされてきましたが、今は薬、人工心臓、移植といった多様な選択肢があります。進化する補助人工心臓だけで生活する人も増えてきました」と話します。

 国内では、心臓移植を受けた患者さんの約60%は拡張型心筋症を基礎疾患としており、移植後の生存率・QOLも高く、多くの人が社会復帰を果たしています。

「北大病院での心臓移植実施件数も確実に増えてきている。希望を捨てず、信頼できる医療チームとともに、自分にとって最善の選択をしてほしい」と若狭医師。

 静かに進行するこの病に、確かに届く治療の手──。命をつなぐ医療は、いまも進化を続けています。

(構成・黒田 伸)

■心臓病
 心臓の構造や機能に異常が生じる病気の総称を心臓病と呼ぶ。狭心症、心筋梗塞、心臓弁膜症、心筋症、不整脈、心不全などの種類があり、生まれつき心臓に異常がある先天性心疾患もある。
 症状はさまざまで胸部に圧迫を感じたり胸が痛む場合や動悸、息切れ、呼吸困難などになる場合、さらに疲れやすかったり、めまいやむくみ、立ちくらみなども心臓病の疑いがある。治療には薬物療法、カテーテル治療、移植を含む手術などがあり早期発見、早期治療が重要。

(K)

松本 裕子(医療キャスター)

松本裕子

uhbニュースキャスター時代に母親のがんがきっかけで2010年からがん医療取材・啓発活動をスタート。北海道新聞とともに「がんを防ごう」キャンペーンを展開し、予防や早期発見、最新治療、がんと生きる―などをテーマに医療特集を自ら制作。その後、現代人を襲う様々な疾患について、患者に寄り添った取材活動を続けている。また、女性のライフスタイルや健康のサポートにも取り組んでいる。
★uhbで毎月第4日曜日 早朝6時15分〜6時30分「松本裕子の病を知る」放送中。
 YouTubeでも配信している。