野中 雅氏/札幌白石記念病院 理事長
2025年9月号掲載

野中 雅氏
社会医療法人医翔会 札幌白石記念病院 理事長
医療(脳神経外科)
高齢化で脳梗塞の認知症患者が増え、それに備えた医療体制を
超急性期医療を担う脳神経外科は、高齢化に伴う社会ニーズに対応するため、「低侵襲」をキーワードに診療の幅を広げてきた。
札幌医科大学の脳神経外科元准教授で札幌白石記念病院理事長の野中雅氏に、脳外の治療の変遷と最新治療、将来の展望について聞いた。
「低侵襲」にシフト、3つの「パラダイム」
――昔と比べて脳神経外科の診療は、どう変わりましたか。
従来の「開頭術」という外科手術から大きくパラダイムシフトしたのが、低侵襲の「脳血管内治療」というカテーテル治療の登場でした。
脳血管内治療は、1991年に欧米で、脳動脈瘤の治療に電気式離脱型コイルが開発されたのをきっかけに、その後、1997年に日本にも導入され普及した治療法です。当初は破裂動脈瘤(クモ膜下出血)の「コイル塞栓術」の適用が始まりました。破裂脳動脈瘤の場合、開頭術では危険性が高かったため、コイル塞栓術はからだへの負担が少なく、リスクを減らせるメリットがあるのではないかと。コイル塞栓術は、破裂脳動脈瘤で効果が認められ、その後、未破裂動脈瘤へと拡大していきました。
第2のパラダイムシフトは、脳梗塞における「急性期血栓回収術」の登場です。デバイスの進歩で確実に血栓を回収できることが大きなメリットになり、普及しました。
さらに第3のパラダイムシフトは、「フローダイバーター」による動脈瘤治療です。これはコイルを動脈瘤の中に入れるのではなく、その入り口にステントを留置して動脈瘤を詰まらせる治療で、よりリスクが低いため、現在いろいろなかたちで運用されています。
手術の適用が拡大されたメリットは、たとえば未破裂動脈瘤では、常に「何歳まで適用になるか」が議論されていました。当初、開頭術だと60代が限界じゃないかと言われていましたが、低侵襲のカテーテル治療に代わってからは70代、最近では80代でも適用となることがあります。高齢化で患者さんの年齢も上がっているので、安全性が高いなら社会的なニーズに応えるために適用を拡大してもよいのでは、というのが近年の流れです。もちろん手術の前に心臓の評価を行うなど、リスク管理は必要です。
脳梗塞における手術の適用の拡大で言えば、「t‐PA」と「血栓回収術」の役割が大きいです。「t‐PA」が出回った時、ゴールデンタイム(発症から治療を開始するまでの時間)が3時間でした。その後4・5時間に伸びましたが、実際には、ほとんど治療の適用になりませんでした。そこに血栓回収術が加わったことで、24時間にまで治療適用が広がりました。
「認知症」プラス「脳疾患」を診る
――現在の取り組みは。
高齢化で最大の問題は、認知症です。ただ当院では認知症単独での治療を目指しているわけではありません。認知症は脳外科、脳神経内科、精神科が一緒になって治療していくものです。高齢者が増えると認知症を持ちながら脳卒中や脳腫瘍になる患者さんも増えてきます。昔は脳卒中でも認知症を併発している患者さんは受け入れない風潮でした。
当院では本院だけでなく、系列の「南郷18丁目クリニック」でも認知症の外来である「もの忘れ外来」を開設しています。最近、認知症の専門医資格を持つ脳外科医を招いて認知症外来の枠を広げました。クリニックでは曜日限定ではありますが、予約なしに診察する方針としています。また認知症の新薬である「レカネマブ」や「ドナネマブ」も扱っています。当院では認知症の治療を行いながら脳卒中も診ているので、認知症を持った高齢者の方が脳卒中になった場合にも、対応できます。
高齢化の影響で脳梗塞の原因では、心房細動により心房内に血栓ができ、それが脳に飛ぶ「心原性脳塞栓症」の患者さんが増えました。その場合、急性期に血栓回収術を行うのですが、その後は当院の循環器科で「アブレーション」による心房細動の根治治療を行っています。脳外科と循環器科がコラボすることで、脳卒中を再発しないための治療も積極的に行っています。
――将来、脳外科はどうなると思いますか。
いままでは「開頭術」や「カテーテル治療」などを行いたくて脳外科医を志す医師が多かったです。もちろん今後もこれら手術の必要性は変わらないと思いますが、それはごく限られた症例になっていくと思います。高齢化で認知症や脳梗塞を患う患者が増えていく中、外科的な側面だけでなく、内科的な側面の比重が高くなると思います。そのため、外科的治療の手技を追い求めるだけでなく内科的な治療の幅を広げた脳外科医が必要とされてくると思います。
社会医療法人医翔会 札幌白石記念病院
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