中村 博彦氏/中村記念病院 理事長・院長

2025年9月号掲載

(なかむら ひろひこ)東京大学医学部卒。米国国立衛生研究所(NIH)脳神経外科に留学(81~84年)、と東京大学医学部助手(86年)、同医局長(87年)、同非常勤講師(91年)、都立駒込病院脳神経外科医長(93年)、中村記念病院脳神経外科主任医長(96年)、同院長(97年)、同理事長(01年)。日本脳神経外科学会専門医、日本脳卒中学会専門医等。医学博士。

中村 博彦氏

社会医療法人医仁会 中村記念病院 理事長・院長

100年前の脳神経外科

診断…トルコ鞍の変化(脳腫瘍)、神経症状(脳梗塞)、髄液検査(クモ膜下出血)、血管撮影で診断
治療…先天奇形や頭部外傷の手術、クモ膜下出血や脳梗塞では安静

 道内の脳神経外科の専門病院で知られる札幌市内の中村記念病院。日進月歩の脳外の分野で、昭和初期にはどんな診断・治療が行われていたのか――。その中村博彦理事長・院長に、超急性期医療の昔と今、そして激動する時代の病院経営のあり方について語ってもらった。

――昭和初期の脳神経外科は。

 日本脳神経外科学会の創設者の齋藤眞博士が東京大学から名古屋大学医学部の前身である名古屋医専に赴任して1935年頃に頭部の手術を始めたのが、その始まりだと言われています。
 北海道では、米国留学から帰国した橋場輝芳教授が札幌医科大学に脳神経外科の講座を1954年に開設したのが始まりです。
 それまでは外科の医師が頭部の手術を行っていました。脳神経外科のルーツは、外科から分かれたものと精神科から分かれたものがあります。
 精神科からのアプローチでは、現在脳神経外科で行われている「定位脳手術」のような電気刺激治療がそれで、脳深部に電極を挿入して電気刺激を与えることでパーキンソン病の振戦の治療などに活用されています。

――脳神経外科が進化するきっかけは。

 1つは1960年代初頭の手術顕微鏡の導入、そして1970年代のCTの導入、さらに1980年代のMRIの導入です。MRIについては、今でも進化を続けています。
 それまでは頸動脈から造影剤を注入して、レントゲンで血管を撮影するなど、侵襲の高い検査でした。また脊髄に空気を入れて脳の中の空気の移動で診断していました。この診断は、私が医者になった1977年ぐらいまで行われていました。
 昭和初期には、骨の変化をレントゲンで診て病気を診断していました。頭蓋骨の中の骨の変化で脳腫瘍を診断するとか。下垂体に腫瘍があると、「トルコ鞍」という骨が変形します。その診断は、当を得たものでした。昔の脳外科医は、骨を一生懸命診ていましたけれど、CTやMRIの普及で、今は誰も骨を診なくなりましたが…。

――昭和初期の脳卒中の診断・治療は。

 クモ膜下出血は、脊髄から髄液を採取して髄液が赤くなるから、それで診断していました。そして先程の血管撮影を併用してました。
 脳梗塞については、片麻痺や言語障害、目の動きなどの神経症状で診断していました。クモ膜下出血や脳梗塞の手術は行われていなかったと思います。「脳卒中になったら、とにかく安静」というのが一般でした。

――今の脳外における医療水準をどう思いますか。

 診断技術が格段に進歩して、手術も低侵襲で安全なものが登場しています。
 手術でもモニターで脳の波形を診て「運動野」を特定して、そこは手術で触れないようにするとか。顔面神経の手術でもモニターで神経を確認しながら手術できます。手術中に覚醒させて患者さんと話をしながら「言語野」を障害させない手術もあります。そういう意味では、手術の安全性は格段に向上しています。
 侵襲面でも下垂体の腫瘍の手術では、経鼻内視鏡を使って低侵襲に治療する方法も行われています。今は顕微鏡を用いずに外視鏡の手術も登場しています。
 脳外では現在、ダヴィンチ手術は行われていませんが、将来ロボット手術も導入されるでしょう。すでに行われている遠隔診断も普及すれば、通院が難しい患者さんや精神科の患者さんにとっては便利になるはずです。

――中村記念病院は、研修医などドクターを育てる病院として知られていますが。

 医師の働き方改革では、当院は進んでいます。脳外科医の志望者の中には、「大学病院では勤務が大変だから」という理由で当院を選んでいただいています。当院ではしっかりローテーションを組んでいるので、当直後はすぐ帰れるし、大変な手術の次の日は休ませています。日本脳神経外科学会でもお勧めの病院として紹介されています。

――「医師の働き方改革」を含め、地域医療はさまざまな課題を抱えています。将来、考えていることは。
 何でも扱う百貨店が衰退して、電機量販店のような専門店が流行しています。当院でも幅広く手を広げず、その分、脳と脊髄・脊椎、神経に特化したかたちで専門性を発揮させていきたいです。そのため「てんかんセンター」開設などのようにセンター化を推進しています。
 小さなマチなら総合病院の方がよいでしょうが、都心部にあるので専門性を発揮することで、激動の時代にチャレンジしていく考えです。


社会医療法人医仁会 中村記念病院

札幌市中央区南1条西14丁目291番地190
TEL (011)231-8555
URL https://www.nmh.or.jp