西坂 紀実利氏/眼科西坂医院 院長

2025年9月号掲載

(にしざか きみとし)札幌医科大学卒。札幌医科大学附属病院、苫小牧市立病院、室蘭市立病院、伊達赤十字病院眼科医長、眼科杉田病院(名古屋)、北海道大学医学部眼科非常勤講師を経て、2012年5月に開院。日本眼科学会、日本眼科手術学会、日本白内障屈折矯正手術学会、日本角膜学会、日本角膜移植学会。

西坂 紀実利氏

眼科西坂医院 院長

100年前の整形外科

診断…触診
治療…徒手整復、徒手矯正、ギブス

 白内障の多焦点眼内レンズの普及や加齢黄斑変性の硝子体内注射の登場で、眼科治療は昔と比べ、目覚ましい発展を遂げている。
 札幌市内の開業医・西坂紀実利氏が、眼科治療の歴史を紐解き意外なエピソードを披露、将来の展望について語る。

――昭和初期の眼科診療については。

 100年前は世界で初めて眼底を観察できるようになってからまだ数十年しか経っておらず、眼底検査だけでもとても大変な時代でした。今のように一人で見ることなどできず、光を当てる人や反射させる人など複数の人が協力して検査をしていました。当時は専用の部屋もあったようです。
 1940年代の眼科の教科書を開くと、当時は衛生事情の問題や良い薬が無かったこともあって、今ではあまり見ることのない「トラコーマ」といった感染症に重きが置かれていました。失明につながることも多かったため国を挙げての関心事だったようです。また、それとは逆に今ではありふれている糖尿病網膜症については「稀有な疾患なり」と記載されていて驚きます。当時は糖尿病の人がとても少なかったのですね。他にも記載されている病気の種類もかなり少なく、記載されていても原因がまだよくわかっていなかったので、治療法が列挙されてはいますが結局は「奏効する治療無し」といったものが多いようでした。

 手術に関してもずいぶん今とは異なります。例えば白内障について言うと、戦前くらいまでは今のように眼内レンズを入れる発想がなくて、濁った水晶体を取り除き、その後は分厚い眼鏡をかけるだけの治療でした。実は眼内レンズは、偶然から生まれたのです。第二次世界大戦中、英国空軍のパイロットが攻撃を受け、割れた窓のプラスチック片が眼球に入ったのがきっかけです。砂が目に入った、というのと違い眼球の表面を貫き眼球の中に留まった状態です。
 異物が眼の中に入っているのですから強い炎症を起こして失明するだろうと思われたのですが、意外なことに何も起きなかった。それをヒントに眼の中にレンズを入れてしまうという大胆な発想が生まれ、眼内レンズが世界に広まったのです。
 ただ、日本で眼内レンズが保険適用になったのが1992年で、それまでは前述の分厚い眼鏡をかけるのが通常でした。

 そのほかに眼科以外の分野が眼科治療にとって大きな実を結ぶケースもあります。
 加齢黄斑変性などで使われる治療薬はもともと眼科領域ではなく癌を研究する中で発見されました、「ガン」違いですね。30年以上前のことです。発見したのはアメリカ留学中だった日本人眼科医で今は信州大学眼科の教授をされています。眼科の世界でも昔から日本人が大活躍しているんですよ、原田病や高安病といった日本人の名がついている有名な病気もあるくらいです。

 このように、まったく違う分野から新治療が生まれることがあって、先入観にとらわれずに幅広い分野に興味を持っていないと、こういう発想は出てこない。そこが眼科の治療の面白いところだと思います。
 歴史をみると、新しい発見があり、新治療として世界に広がっていきますが、実用化されていく中で、改善が必要になることも多々あります。そういった段階を見定めながら、現在ある治療法について自分の中で検証していかなければならない、と思っています。

――将来、眼科治療はどうなっていくとお考えになりますか。

 白内障で使われている「多焦点眼内レンズ」は、あらゆる箇所にピントが合いとても便利で完成されているように思うのですが、より自然なものにするためにレンズの発想から離れて水晶体そのものを柔らかいゾル状のものに置き換えたらどうか、という大胆なアイディアもあります。まさに人工水晶体です。
 緑内障では、損傷した神経細胞は元に戻りませんが、神経細胞の再生医療が実現すれば、「緑内障は治る病気」になります。

 加齢黄斑変性も同様です。しかし普及されるのはまだ先になりそうです。網膜だけとってみても10層構造をしたつくりで細胞の配列も美しくとてもよくできています。
 見えるようになるためにはその複雑なつくりや配列が正確に再現されなければいけません。それに加えて再生を制御するといった課題もありそうです。
 再生医療は越えなければいけないハードルが多いとは思うのですが、その先にはより明るい未来が広がっており、必ず実現すると信じています。


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