
第6回「おしっこの病気」
前立腺肥大症、前立腺がん、膀胱がん、過活動膀胱
〝早期発見にまさる治療なし〟と言われるように、いち早く病気をキャッチし、治療にあたることが大切だ。しかし医療機関で行われている検査や診断は、患者には専門的でわかりにくい面がある。
第6回は「おしっこ」の病気について、各分野の専門医がわかりやすく解説する。
【前立腺肥大症・前立腺がん】前立腺がんの検査は「PSA」「MRI」「生検」が基本

安部 崇重教授
前立腺肥大症の診断は、患者の症状が基本となる。患者の自覚症状を把握するために「国際前立腺症状スコア」(I‐PSS)を活用し、患者からアンケートをとる場合が多い。
このスコアに記載されたチェック項目は①「残尿感」②「頻尿」③「尿勢の途絶」(排尿時に尿が途切れる)④「尿意切迫感」⑤「尿勢の不良」(排尿時に尿の勢いが弱い)など7つ。
患者の症状を客観的に把握するための、他覚的な検査としては①「尿流量測定・残尿測定」や②「内圧尿流検査」がある。②は排尿時の膀胱内圧、腹圧(直腸内圧)、膀胱排尿筋圧(膀胱内圧─腹圧)、尿流量を同時に測定する検査で、膀胱排尿筋圧と尿流量の関係から、前立腺肥大症がどの程度尿路の閉塞に関与しているかを詳しく調べる検査だ。

「②の検査については手術適応の判断に実施することもありますが、スクリーニングのための検査としては、必ずしも行われる検査ではありません」と安部崇重教授。
そのほか、前立腺がんが隠れていないかを診るために「PSA検査」を行う(「PSA検査」については、後述)。
一方、前立腺がんの検査は、①「PSA検査」②「MRIによる画像評価」③「経直腸的・もしくは経会陰的前立腺針生検」の3つ。
①「PSA検査」は、前立腺がんの「腫瘍マーカー」で、採血によって前立腺の特異抗原を調べる検査である。PSAは前立腺で生成されるタンパク質で、前立腺がんがあると血液中のPSA値が上昇する。
PSA値が「4」以上だと、次に②「MRIによる画像評価」を行う。
「MRIでがんの疑いのある箇所が見つかれば、生検を強く勧めますし、その病変を狙った『標的生検』も追加しています」(安部教授)。
「標的生検」とは、MRIでがんが疑われる部位から組織を採取する検査で、臨床的に治療が必要ながんを検出できるとされている。最近のエコーは、MRI画像を事前に取り込んでおくことで標的生検を行うことが可能となっている。


前立腺癌の確定診断は「生検」であるが、「生検の陽性箇所、及びMRI所見で事前にがんの局在がある程度予測できます。手術の際の勃起神経の温存が可能かどうかの参考にもなりますのでMRIの役割はとても重要です」(安部教授)。
生検でがんの悪性度が低い場合には、直ちに手術や放射線治療等を行わず、PSAの定期採血と例えば一年後に再度の前立腺針生検を行い悪性度を再評価する積極的経過観察が治療の選択肢になる場合がある。
「転移のない局所前立腺がんでは、いろいろな治療選択肢があります。それぞれ治療選択肢の長所と短所について主治医とよく相談した上で決めることが大切です」と安部教授。
【膀胱がん】診断の決め手は「膀胱鏡検査」浸潤の程度がわかる「MRI」検査

舛森 直哉教授
膀胱がんの症状は、「目で見て尿に血が混じっている」(肉眼的血尿)である。他に症状がなく、痛くも痒くもないのに、一度でも真っ赤な尿が出た時は要注意だ。
だが、症状がみられる場合もある。「40歳以上の男性の喫煙者で、女性でよくみられる膀胱炎の症状(頻尿、残尿感、排尿痛など)がある場合には、たとえ肉眼的血尿がなくても膀胱がんである可能性があります。顕微鏡で尿を調べると、血が混じっていることが多いです」と、舛森直哉教授。
膀胱炎では、尿検査で尿の中に膿や細菌が混じっていることがわかる。細菌などの有無を調べることで、膀胱炎を除外することができる。
ところで膀胱には「粘膜」があり、その下に「粘膜下層」があり、粘膜下層の下に「筋肉」がある。
膀胱がんはがん部位と悪性度によって、「粘膜」に留まっていて悪性度が低い「筋層非浸潤乳頭状がん」、同じく「粘膜」に留まっているが悪性度が高い腫瘍が平坦に拡がる「上皮内がん」、悪性度が高い腫瘍が「粘膜下層」に浸潤する「筋層非浸潤がん」、「筋肉」にまで浸潤している「筋層浸潤がん」に大別できる。
「上皮内がんは粘膜に留まるため軽く見られがちですが、とても悪性度が高く、適切な治療をしないと、浸潤がんや筋層浸潤がんに移行してしまうので要注意です」(舛森教授)。
膀胱がんの診断は①「尿検査」②「尿細胞診」③「膀胱鏡検査(内視鏡検査)④「膀胱のMRI検査」の4つである。
まず行われるのが①「尿検査」で、血尿や細菌の有無を調べることで前述した「膀胱炎」(細菌性の膀胱炎)との鑑別の際にも活用されている。
②「尿細胞診」は、尿の中のがん細胞の有無を調べる検査。「でも筋層悪性度の低い筋層非浸潤がんの場合、この検査では発見することができない場合もあり、検査で問題がないからと言ってがんを否定できるわけではありません」と舛森教授。

そこで最も重要になるのが③「膀胱鏡検査」(内視鏡検査)だ。この検査では尿道から「軟性膀胱鏡」という内視鏡を挿入して膀胱の内腔を観察する。内視鏡は、細くて柔らかく曲がるため、挿入時に痛みが少なく、外来で麻酔なしで行える。検査時間は、5分程度。
膀胱鏡検査では「上皮内がん」では赤く爛れた部分を診ることができ、「筋層非浸潤乳頭状がん」では乳頭状の腫瘍を、「浸潤がん」ではごろっとした形状の腫瘍を診ることができる。

「上皮内がんは、膀胱の中に腫瘍を形成しないのでレントゲンやMRIでは発見できません。また数㍉程度の小さな腫瘍も画像診断ではわかりません。そういう意味でも診断の決め手になるのは膀胱鏡検査で、膀胱がんの診断では必ず行う検査です」と舛森教授。
④「膀胱のMRI検査」は、断層写真で筋肉の断面を診て、浸潤がんの浸潤の程度(がんの深さ)を調べる検査。
「粘膜下層の浸潤がんが筋肉まで浸潤して筋層浸潤がんになっている場合や筋肉を越えて膀胱の外に飛び出ているなど浸潤の程度がわかり、スクリーニングだけでなく、治療方針を立てるための診断にも活用しています」(舛森教授)。

ちなみに、がんが浸潤していない場合には「経尿道的手術」が、浸潤している場合には「膀胱全摘」が行われる。
「40歳以上の喫煙者で一度でも肉眼的血尿があれば、その後血尿が止んでも膀胱がんの疑いが強いので、手遅れにならないうちに受診を強くお勧めします」と舛森教授。
【過活動膀胱】「尿意切迫感」「頻尿」「尿失禁」症状だけで診断

腎泌尿器外科学講座
沼倉 一幸教授
過活動膀胱の症状は、「急に尿意が生じてトイレに行きたくなる」「夜間に2回以上、尿意で起きる」「我慢できずに尿を漏らしてしまう」で、①尿意切迫感②頻尿③尿失禁の症状が「週に1回以上」続き、煩わしさを感じる場合に過活動膀胱と診断される。
「かつては尿道からカテーテルを挿入して膀胱の活動性を評価する専門的な検査を行わなければ診断が付かなかったのですが、それだと治療までのプロセスが煩雑で患者さんの負担も大きい。そのため20年程前から症状だけで診断することができるようになりました」と沼倉一幸教授。
ただし、尿路感染症や前立腺肥大症、前立腺がん、膀胱がんなどでも同じような症状を呈するため、尿検査やエコー検査、PSA検査などでこれらの疾患が隠れていないかを診断し、除外することが大切だという。
ここでは日本排尿機能学会の「診療ガイドライン」に掲載されている「症状質問票」(OABSS)を掲載する。総合得点が「3」以上であれば、過活動膀胱と診断できるので参考にしていただきたい。

治療は①「行動療法」と②「薬物療法」の2つ。
①「行動療法」は、「尿意を感じても、あえて排尿を我慢する」(膀胱訓練)や「生活習慣の改善」(食事内容や体重のコントロール、水分を摂るタイミングなど)。
「行動療法は単純ですが、実践することで症状が改善する場合が多いです。『診療ガイドライン』でも行動療法は、薬物療法より上位に扱われ、優先して行うべき、とされています」(沼倉教授)。

②「薬物療法」では、ここ10年で副作用が少なく効果が高い薬が登場しているという。
ところで過活動膀胱の潜在的な罹患者は、全国で640万人以上いると言われている。40歳を過ぎると増え、ピークは60、70歳。
「高齢だから仕方がないと諦めている人が多いのですが、治療すると驚くほど症状が改善します。治療法も確立されているので、急な尿意で困っている方や夜間頻尿に悩んでいる方は気軽に受診していただきたい。よい排尿状態を取り戻すことができます」と沼倉教授。