第5回「こころの病気」統合失調症、うつ病、発達障害、認知症

〝早期発見にまさる治療なし〟と言われるように、いち早く病気をキャッチし、治療にあたることが大切だ。しかし医療機関で行われている検査や診断は、患者には専門的でわかりにくい面がある。
 第5回は「こころの病気」について、各分野の専門医がわかりやすく解説する。

【統合失調症】器質疾患や他の精神疾患との鑑別が重要

久住 一郎教授
▲北海道大学
久住 一郎名誉教授

 統合失調症の診断は、国際的診断基準によれば、①「特徴的な症状」②「持続期間」③「病前からの社会機能低下」④「器質疾患の除外」の4つがポイント。

 ①「特徴的な症状」は、「持続的な幻覚や妄想、まとまりのない思考や行動」があること。
 ③「社会機能低下」とは、「家族・対人関係」「学業」「職業」など今まで普通にできていたことができなくなること。
 ②「持続期間」は、①の「症状」が少なくとも1ヵ月以上、③の「機能低下」が半年以上続くこと──である。

 ところで「幻覚」や「妄想」は、脳炎や脳腫瘍、自己免疫疾患である膠原病(SLE)などの身体疾患でもみられる。統合失調症と似た症状が出現する疾患を鑑別して除外していくことが④「器質疾患の除外」である。

 さらに、診断の鑑別は器質疾患だけにとどまらない。たとえば、うつ病、双極症、認知症、覚醒剤やアルコールなどの物質使用症でも幻覚あるいは妄想が出現することがあるし、解離症や心的外傷後ストレス症(PTSD)でも幻覚に似た症状があらわれる。前述の自己免疫疾患の治療薬であるステロイドでも幻覚や妄想が出ることがある(ステロイド精神病)。

「一般的に幻覚や妄想が出現すると、統合失調症と思われがちですが、幻覚や妄想が出る疾患は多岐にわたります。精神科で扱うすべての疾患は統合失調症との鑑別の対象になりうるので、これらひとつひとつを吟味して除外していく必要があります」と、北海道大学の久住一郎名誉教授。一口に鑑別診断といっても専門医にとって大変な作業になるわけだ。

 参考として除外診断の対象になる器質疾患の一覧を挙げる(表)。

除外診断の対象になる疾患

 加えて他の診療科との連携も不可欠である。たとえば、脳腫瘍や脳炎の場合には脳神経外科や脳神経内科、膠原病の場合には内分泌内科との連携が必要だ。

統合失調症症状

 さらに前述の国際的診断基準では、「病前からの機能低下」が半年以上続くことが必要であることから、統合失調症の確定診断には、発症してすぐに受診した場合、少なくとも6ヵ月以上かかることになる。

 久住名誉教授は、
「統合失調症の診断は、精神科疾患の中でも最も難しい。すぐに鑑別が困難な場合には、ひとまず統合失調症を疑って治療を開始しながら、その後の経過を慎重に観察していくこともあります」と言い、「統合失調症は診断が難しいだけでなく、治療も長期にわたるため、慎重に吟味を重ねたうえで診断を下し、ご本人やご家族に告知する際にも時間をかけて丁寧に説明して、きちんと理解していただけるように努めます」と話す。

【うつ病・発達障害】背景に「発達障害」が…「新型うつ」に注意!

北海道大学 加藤  隆弘教授
▲北海道大学大学院
医学研究院 精神医学教室
加藤 隆弘教授

 うつ病の主症状は①「抑うつ気分」(気分の落ち込み)と②「意欲低下」(興味や喜びの喪失)。それ以外にも考えがまとならなかったり、罪悪感を強く感じることで「死にたい」「消えたい」という思いが生じてくる。からだの不調も伴い、初期では「不眠」や「食欲がなくなる」のも特徴だ。

「日本人は、恥意識が強い人が多く、本人が『うつ』かな、と感じていても精神科に受診しない例が多い。最近は抗うつ薬や抗精神病薬で症状が改善され、それでも難しい場合には磁気治療や電気治療が効果があり、うつ病は〝治る病気〟になっているので受診控えをせずに早めに受診することをお勧めします」と、北海道大学の加藤隆弘教授。

 診断では、前述の2大症状である①「抑うつ気分」と②「意欲低下」のどちらかの症状が「ほぼ毎日、2週間以上続く」ことが必須条件となる。また「9つの症状のうち5つ以上満たし、5つ以上の症状の中に主症状の①か②のどちらかが該当していれば、うつ病と診断します」(加藤教授)。

 9つの症状とは①「抑うつ気分」②「意欲低下」③「睡眠障害」(不眠)④「倦怠感」(疲れ)⑤「食行動の異常」(食欲不振・過食)⑥「自責感」⑦「集中困難」⑧「焦燥感」(焦り)⑨「死にたい、消えたい気持ち」。

 一方、発達障害は、元来生まれ持った脳機能の障害により発達の一部が遅れ、知能の偏りもあり人付き合いが困難になる障害で①「自閉スペクトラム症」(ASD)と②「注意欠如・多動性」(ADHD)、そして後述するように新型・現代型うつとの関りで③「二次障害としての精神症状」(特にうつ)がある。

 ①「自閉スペクトラム症」(ASD)の特徴は、ア「他人の気持ちを理解するのが苦手」(空気が読めない)とイ「こだわりの強さ」、ウ「感覚過敏」。
 アは、対人関係が苦手で場にそぐわない発言をしたり、意見が違うと癇癪を起こしたり、引きこもる。イは、子どもの場合、ガラクタを集めるなど。ウは、聴覚や触覚が過敏になり、たとえば「タグをはずさないとシャツを着ることができない」など。
「なかには職場で鼻水をすする音に耐えられない理由で会社に行けない人もいます」(加藤教授)。

 ②「注意欠如・多動性」(ADHD)の方は、ア「多動」イ「衝動性」ウ「不注意」、エ「時間管理が苦手」が主症状。
 アは、「教室や食事でじっと座っていられない」。
 イは、「ちょっとしたことで癇癪を起す」。
 ウは、「忘れ物が多い」。
 エは、「締め切りが守れない」。

 なかには①「自閉症スペクトラム症」と②「注意欠如・多動性」が併存する場合もあるという。

 最後に注意したいのが、新しいタイプの「新型・現代型うつ」による発達障害における「二次障害の精神症状」(うつ)だ。
 冒頭に説明した「うつ病」で、「本人がうつの症状を訴え、休養や薬のみの治療を行うと、逆に症状が悪化する場合があります。これが新型・現代型うつで、背景に発達障害が隠れていることが多い」と加藤教授。

 新型・現代型うつの特徴は、①「自らうつの訴え」②「今ある環境への不平不満」③「今ある社会的役割の回避」(やりたくないことは、やらない)④「自尊心が低い」──の4つ。

 新型・現代型うつの背景には①「発達障害」がある場合と、②「パーソナリティ障害」がある場合があり、①の場合は発達障害の治療を、②の場合にはサイコセラピーや集団精神療法を行うと改善する。

 ここでは加藤教授の著書『逃げるが勝ち』に掲載された、新型・現代型うつの目安となる「点数表」を紹介する。
「あくまでも目安であって診断ではないので、気になる方は専門医に受診していただきたい」(加藤教授)。

新型・現代型うつチェック表

【認知症】認知症の原因物質を除去「レカネマブ」&「ドナネマブ」

▲旭川医科大学
精神医学講座
橋岡 禎征教授

 アルツハイマー病は、脳内に異常凝集タンパク質であるアミロイドβが蓄積することが原因で発症する。

 そのアミロイドβを脳内から除去する作用がある疾患修飾薬が最近、臨床で使われるようになり、話題を呼んでいる。
 2023年12月に認可された①「レカネマブ」と、昨年9月に認可された②「ドナネマブ」の2剤だ。

「2剤とも精神科領域では初となる生物学的製剤の疾患修飾薬で、従来の認知症の治療薬とは次元の異なる効果が期待できます。わが国では保険診療で使えるので、高齢化社会で増加する認知症患者さんにとって福音になる治療薬です」と旭川医科大学の橋岡禎征教授。

 保険適用になるのは、認知症の予備軍といわれる「軽度認知障害」(MCI)と認知症の初期の段階である「軽度の認知症」でどちらも原因がアルツハイマー病でなければならない。
 ①「レカネマブ」と②「ドナネマブ」の違いは、①「レカネマブ」は2週間に1回の点滴を1年半続ける必要がある。一方、②「ドナネマブ」は4週間に1回の点滴を行い、1年後を目安に効果を判定して治療を終了するか、継続するかを決める。

 その効果だが、①「レカネマブ」については、1年半の治療でアルツハイマー病の進行を約半年間遅らせることができる。②「ドナネマブ」についても同様の効果があるとされている。
 ただ治療にあたっては事前に「アミロイドPET」もしくは「脳脊髄液検査」でアミロイドβの蓄積を確認する必要がある。

アミロイドPET

 ところでアミロイドβは、脳だけでなく脳の血管の壁の部分にも存在する。薬の作用でアミロイドβをその血管から引き離す際に血管の壁が薄くなり、血球成分や血漿成分が漏れ出ることがある。
 それが「ARIA」(アミロイド関連画像異常)で、血球成分が漏れ出るのが「脳微小出血」、血漿成分が漏れ出るのが「脳浮腫」だ。

「脳微小出血または脳浮腫が発生する確率はレケンビの市販後調査によると5%未満で画像上の異常に過ぎません。『ARIA』のチェックは治療ガイドラインで厳格に定められていて対応方法も確立しているので患者さんが懸念する必要はないでしょう」と橋岡教授。

 とは言え、この治療は精神科や脳神経内科はもちろん、放射線科や脳神経外科など多診療科との連携が必要で「大学病院や総合病院のように、連携体制が整っていないとできない治療です」(橋岡教授)。

 そのほか副作用として点滴における過敏反応である「発熱」や「悪寒」があるが「鎮痛剤の服用で症状が治まる場合がほとんどなので心配は要りません」と橋岡教授。