第15回「おしっこの病気」
前立腺肥大症、前立腺がん、膀胱がん、過活動膀胱

 昨年3月号から掲載している新「医療最前線」では、「診断編」として早期発見を目的に診断の内容を紹介してきた。その「治療編」として各診療科の専門的な治療内容をわかりやすく紹介する。
 第15回は「おしっこの病気」について各分野の専門医が解説する。

【前立腺肥大症・前立腺がん】前立腺がん治療 で重要な「積極的経過観察」新たに「Lu‐PSMA治療」も

安部 崇重教授
▲北海道大学
腎泌尿器外科
安部 崇重教授

 前立腺肥大症の治療には(Ⅰ)薬物療法と(Ⅱ)手術がある。

 (Ⅰ)薬物療法で主に使われる薬は①「α1受容体遮断薬」②「5α還元酵素阻害薬」③「PDE5阻害薬」である。
 ①「α1受容体遮断薬」は、最初に使われることが多く、前立腺や尿道の「α1受容体」を遮断して尿道を拡張させ、前立腺肥大に伴う排尿障害を改善する。言い換えれば、尿道の平滑筋をリラックスさせて尿を出やすくする薬である。

 ②「5α還元酵素阻害薬」は、肥大した前立腺を小さくする薬。薬が効くまでに時間がかかり、前述の①「α1受容体遮断薬」の効果が不十分の時に、この薬を併用することもある。

 ③「PDE5阻害薬」は、前立腺や尿道を弛緩させる薬で症状によって①「α1受容体遮断薬」との併用もありうる。

「そのほか、頻尿や尿の切迫感が残る方には『抗コリン薬』や『β3アドレナリン受容体作動薬』を追加する可能性もあります」と北海道大学の安部崇重教授。

 主な(Ⅱ)手術は、①「経尿道的前立腺切除術」(TURP)②「ホルミウムレーザー前立腺核出術」(HoLEP)③「前立腺蒸散術」(PVP)④「経尿道的水蒸気治療」(WAVE)⑤「経尿道的前立腺吊り上げ術」(PUL)。

 ①「TURP」は古くからおこなわれている手術で、電気メスを付けた内視鏡を尿道から入れて肥大した前立腺を削って尿の通り道を広くする手術。
 ②「HoLEP」は内視鏡の先端からレーザーを照射し、肥大した前立腺をくり抜くように切除する手術だ。
 ③「PVP」は、レーザー照射で肥大した前立腺組織を蒸散させる手術。
 ④「WAVE」は、内視鏡の先端に取り付けた器具から水蒸気を発生させ、肥大した組織の細胞を壊死させる手術だ。
 ⑤「PUL」は、前立腺を切らずに小型のインプラントで肥大した組織を吊り上げ、尿道を広げる手術だ。

 一方、前立腺がんの治療は、(Ⅰ)転移のない場合と(Ⅱ)転移のある場合とに分けられる。
 (Ⅰ)転移のない場合には①「手術」(前立腺全摘)②根治治療としての「放射線治療」③「積極的経過観察」がある。
 安部教授によれば、まず針生検を行い、PSAの値や「グリソンスコア」(採取した組織の悪性度を示す指標)、MRIによる画像所見、そして患者の年齢を考慮し、患者と相談しながら治療を選択するという。

「グリソンスコアが『3+3』や『3+4』の場合、PSAの値が理想的には『1桁』の場合、画像上も転移がみられない場合には③積極的経過観察も考えます。経過を診ていく中でグリソンスコアが『4+3』や『3+5』、『5+4』のように上がった場合には年齢など患者さんの状態をみて①前立腺全摘や②放射線治療(陽子線治療)の根治治療を検討します」(安部教授)

 ちなみに①前立腺全摘②放射線治療③積極的経過観察の3つの治療では、治療成績に差がないとの臨床研究もある(英国・「プロテクト試験」)

 一方、(Ⅱ)転移のある場合には①「内分泌療法」②「抗がん剤治療」、そして③「Lu‐PSMA治療」がある。
 ①「内分泌療法」は、がんの増殖に必要な男性ホルモンの分泌や働きを抑える治療法。「LH‐RHアゴニスト/アンタゴニスト注射」が主だが、最近では新世代の「アンドロゲン受容体経路阻害薬」(ARSI)を最初から使う場合が多い。場合によっては最初から②抗がん剤治療を行うこともある。
「去勢抵抗性前立腺がんで使われていた抗がん剤『ドセタキセル』を初期の段階から使用する例も増えています」と安部教授。

 ところで内分泌療法が効きづらくなった場合の新たな治療手段として注目されているのが③「Lu‐PSMA治療」(保険適用)だ。これは前立腺がんに多く発現している「PSMA」(前立腺特異膜抗原)という目印を狙って「ルテチウムビピボチドテトラキセタン(177Lu)」を結合させ、そこから放射線を放出することで体の中からがん細胞を直接攻撃する治療法。あらかじめ「Ga‐PSMA‐PET検査」を行う必要がある。北大では今年3月から実施し、この検査を行っているのは道内では北大のみ。

「海外では約10年前から実施されている治療で、内分泌療法が効かない去勢抵抗性の治療として新たな選択肢が増えました」と安部教授。

【膀胱がん】再発のリスクが高い「膀胱がん」薬物療法「抗体薬剤複合体」も

舛森 直哉教授
▲札幌医科大学
泌尿器科
舛森 直哉教授

 膀胱がんの治療は①「経尿道的手術」②「膀胱全摘」③「薬物療法」がある。
 膀胱には「粘膜」があり、その下に「粘膜下層」があり、粘膜下層の下に「筋肉」がある。
 腫瘍が「筋肉」にまで浸潤していない場合には①「経尿道的手術」が、浸潤している場合には②「膀胱全摘」が行われる。

 ①「経尿道的手術」は、ループ状の「切除鏡」が付いた内視鏡を尿道から膀胱に入れて腫瘍の部位を観察しながら腫瘍を削り取る手術である。実はこの手術は、診断と治療を兼ねている。
「比較的小さな腫瘍だとMRIの画像で腫瘍が筋肉にまで浸潤しているかどうかはわからない。そこで経尿道的手術で削り取り、採取したものを顕微鏡で診て腫瘍の悪性度や浸潤の有無を調べる病理学的な判断ができます」と札幌医科大学の舛森直哉教授。

 いわば①「経尿道的手術」は、(ア)がんかどうかの確認(イ)がんの浸潤の程度(深達度のチェック)(ウ)筋層非浸潤性の表在がんの場合には切除することで治療に結びつくという3つの役割を担っている。
 注意したいのは、膀胱がんの場合はたとえ表在がんであっても膀胱内再発が多いことだ。舛森教授によれば、その3割が1年以内に、5割が2年以内に再発するという。
 そのため再発予防の目的で膀胱の中に抗がん剤やBCG(弱毒ウシ型の結核菌)を注入する「膀胱内注入療法」を行う。

 ②「膀胱全摘」は、前述したように腫瘍が筋肉に浸潤している場合に適用され、膀胱だけでなく周辺の臓器も摘出することが多い。男性では膀胱の下にある前立腺を、場合によっては尿道も一緒に摘出する。女性の場合には通常は尿道や子宮・卵巣も同時に摘出する。

 膀胱がんは、再発リスクが高く、たとえ膀胱全摘という侵襲的な根治治療を行っても再発や転移を抑えられないことがある。
 そこで手術の前や後に抗がん剤や免疫チェックポイント阻害薬(保険適用)、あるいはこれらの組み合わせを使う「周術期補助治療」が最近行われ、普及している。

 膀胱を摘出すれば、新たな尿の通り道を確保する必要がある。これが「尿路変向」だ。
「尿路変向」には(ア)「尿管皮膚瘻」(イ)「回腸導管」(ウ)「新膀胱」の3つがある。
 (ア)「尿管皮膚瘻」は、膀胱と切り離した尿管の切れ端をストーマ(排泄口)にする。
 (イ)「回腸導管」は、回腸(小腸の一部)を15㌢程度切り出し、そこに尿管を吻合して片方をストーマにする。
 (ウ)「新膀胱」は、回腸を使って人工的な袋(新しい膀胱)をつくり、左右の尿管とその袋をつないだうえで元の尿道に吻合し、腹圧をかけることで排尿する。

「新膀胱は、洗浄など管理が必要で、腎臓が悪い人や尿道を摘出しなければならない場合には適用になりません。回腸導管については腸の手術をしたことがある場合などには適用になりません」(舛森教授)
 施設によってまちまちで、札幌医大では8割以上が「回腸導管」で、1割程度が「新膀胱」、5%程度が「尿管皮膚瘻」だという。

 ところで②「膀胱全摘」を行ってもその後転移が出現すると転移がんに対する全身治療が必要になる。それが③「薬物療法」だ。
 従来は抗がん剤しかなかったが、その後免疫チェックポイント阻害薬が出回り、二次治療として使用されている。

 加えて最近では、抗がん剤治療で「抗体薬剤複合体」(ADC)が広く行われている。膀胱がんの表面に高率に発現している蛋白 (ネクチン‐4)に対する抗体に抗がん剤を付着させ、がん細胞に抗がん剤を取り込ませてがん細胞を特異的に攻撃する治療法だ。

「この抗体薬剤複合体と免疫チェックポイント阻害薬の併用、あるいは抗がん剤と免疫チェックポイント阻害薬の併用が全身治療の基本になってきています」と舛森教授。
 最後に、舛森教授は「抗がん剤しかなかった時代と比べると、ここ7、8年で薬物療法の進歩が著しい。特に転移がんの予後が良くなりました」と話す。

【過活動膀胱】骨盤底筋体操などの「行動療法」薬に依存しない治療を

沼倉 一幸教授
▲旭川医科大学
腎泌尿器外科学講座
沼倉 一幸教授

 過活動膀胱の治療には、(Ⅰ)「行動療法」と(Ⅱ)「薬物療法」がある。
 (Ⅰ)「行動療法」は治療ガイドラインでも冒頭に紹介され、重要視されている治療法だ。
 具体的には①「生活指導」②「計画療法」③「理学療法」の3つ。

 ①「生活指導」は「減量」と「食事」で、20歳の頃と比べて体重が10%増えた人は、体重を減らすことが必要だ。「食事」では、高タンパクで低カロリーのバランスのとれた食事が推奨されている。

 ②「計画療法」は、(ア)「膀胱訓練」と(イ)「排尿促進」(ウ)「定期排尿」の3つ。
 (ア)「膀胱訓練」は、尿意を感じても排尿を我慢することで「最初は10分程度から始めます」と旭川医科大学の沼倉一幸教授。
 (イ)「排尿促進」は、公共交通機関を利用する前にあらかじめトイレに行くなど不安を減らしておくことで尿意切迫感を予防する治療法。
 (ウ)「定期排尿」は、前述の(ア)「膀胱訓練」と(イ)「排尿促進」を組み合わせた治療法で、時間を決めて排尿することでその間はトイレに行かないというものだ。

 ③「理学療法」で代表的なのが「骨盤底筋体操」。骨盤底筋は肛門の前側にあり、肛門の辺りを引き締める。体操には椅子で座ってやる方法や風呂で行う方法など様々だが、「女性だと座って膝を揃えて足の付け根辺りに力を入れる、男性だと陰嚢の辺りやお尻の穴を引き締めるのがコツです」(沼倉教授)

 (Ⅱ)「薬物療法」は①「β3刺激薬」と②「抗コリン薬」が代表的だ。
 ①「β3刺激薬」は、膀胱をリラックスさせる薬。一方の②「抗コリン薬」は、膀胱の急な収縮を抑える薬で、経口薬(飲み薬)のほかに調布薬(貼り薬)もある。第一選択としては、β3刺激薬が使われる。
「抗コリン薬は口が乾燥したり、便秘の副作用があり、最近では認知症の進行も指摘され、特に高齢者の場合には最初から使うのは避けた方がよい。β3刺激薬は抗コリン薬と比べるとそのような副作用が少なく、第一選択として使用されることが多いです」と沼倉教授。

 最後に沼倉教授は、薬物療法に依存しないことが大切だと説く。
「先程の『行動療法』は時間はかかりますが、患者さんの生活様式に踏み込んだ治療が最も効果があります。過活動膀胱の治療は、『薬を飲めばよい』というものではないことを知っていただきたい」と沼倉教授。