■「臓器提供」する、しない?その時、家族は…
「両親が取り乱しているのを見て、姉として冷静にならなくてはと思いました」
札幌市内に住む田中里美さん(仮名)。当時、10代の妹の梨花さん(仮名)が、突然激しい頭痛に襲われ、脳の病気で入院。目を覚ますことはなく「脳死」と診断されました。
生前、梨花さんは健康保険証に「臓器提供をする」と意思表示していましたが、両親は混乱と深い悲しみの中で、初めは臓器提供に反対していたと言います。
しかし、たくさんの管で機器に繋がれている梨花さんの姿を見て家族で話し合った結論は「機器を外して、きっと楽になりたいよね…」。全員一致で延命治療を諦め、梨花さんの意思を尊重し、心臓、肝臓、腎臓の臓器提供を決断しました。
里美さんは「妹の臓器を受け取って下さった方が、これからの人生を元気に生きてくれたら嬉しい」と静かに語り、いま家族として臓器提供という選択を支えた意味を噛みしめています。
突然、家族が事故や急病で「脳死」と判定されたら、あなたは「臓器提供をする、しない」の決断を下せるでしょうか。
2023年、国内で行われた脳死下での臓器提供は131件。過去最高の件数を記録しましたが、救急医療の現場で日夜、奔走する北海道大学病院救急科の早川峰司医師は、「臓器提供は今も一般的な選択肢ではない」と感じています。
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2021年に内閣府が行った調査によると、意思表示カードや運転免許証、健康保険証などに「臓器提供をする、しないという意思表示をしている人」は10・2%で、10人に1人に過ぎません。早川医師によると、救急医療の現場でも「本人が意思表示カードを持っていた、もしくは運転免許証などに意思表示をしていた…ということはほとんどありません」と話します。
救急搬送された患者さんに意思を確認することは難しいため、臓器提供の判断は突然、家族に委ねられます。医師が「臓器提供について何か話したことはありませんか?」と尋ねても、多くの家族は「そんな話はしたことがない」と戸惑いの表情を見せると言います。同じく内閣府の調査では、臓器提供の意思がわからない状況で、家族が「臓器提供の判断を負担に感じる」と答えた人は86%にも上りました。
受け入れる病院側の問題もあります。脳死からの臓器提供を実施できる認定施設は、大学病院や高度な救急医療が行える全国約900施設。道内には30を超える施設がありますが、そのうち実際に提供を行った経験があるのは、11施設と限られています。
北海道大学病院では、取材日時点(10月4日)で21人の患者さんが脳死下での臓器提供をしています。20人を超える臓器提供の経験がある施設は、国内で5施設あるかないか。運ばれた病院によっては、たとえ患者さんに「臓器提供をする意思」があったとしても、最期の希望を叶えてあげることが出来ないケースも少なくありません。
インタビューの途中で、「自分の夫が脳死になった時、臓器提供をする、しないの判断を妻として即決できるだろうか」と、ふと頭をよぎりました。取材をしている立場の私でも、きっと決断には時間がかかるでしょう。夫が「臓器提供する」にマルを付けていたとしても、その時になったら反対するかもしれません。
脳死下で臓器提供した人の平均年齢は40歳。若くて元気だった家族が、突然、脳死と診断されてしまう中で、臓器提供を決断することは、決して容易なことではないのです。
早川医師は「救急医療の現場では、目の前の命を救うことが最優先。しかし脳死と診断された時、積極的な治療の継続か、治療を撤退し最期を迎えるのか、その前に臓器提供という選択肢を取るのか、患者さんとご家族の希望を尊重して支援しています」と話します。
7ヵ月にわたって見つめてきた「臓器移植のいま」。突然の選択を迫られる場面はいつ訪れるかわかりません。あなたと大切な人の命について…家族と話し合ってみませんか?
(構成・黒田 伸)
■臓器提供の意思表示の方法
主に3種類ある。
①健康保険証、運転免許証の裏面、マイナンバーカードの表面に意思表示欄があるので記入して携帯する。
②公益社団法人日本臓器移植ネットワーク(JOT)のホームページからインターネットを通じて登録。その後IDが入った登録カードが送付される。
③市区町村役場の窓口や一部病院などに設置されている「臓器提供意思表示カード」に記入し、携帯する。