
■軟骨は再生できるのか?“治らない”に挑む新再生医療
3年前、私は左膝の痛みで「変形性膝関節症」と診断されました。画像を見ると、膝の軟骨の一部がすり減り、傷んでいることが分かりました。幸い早い段階だったため、運動療法で改善し、今は痛みなく歩けています。ただ、その時に知った事実があります。「一度傷ついた軟骨は、自然には元に戻らない」
軟骨は骨と骨の間でクッションの役割を果たし、衝撃を和らげ、関節を滑らかに動かしています。しかし、加齢やけが、スポーツなどで傷つくと、自ら修復する力が乏しい組織。だからこそ、早い段階で適切な治療を受け、軟骨を守ることが大切になります。
変形性膝関節症では、まず運動療法や減量などの生活習慣の改善、痛み止めやヒアルロン酸注射などで症状を和らげ、重症になると人工関節などの手術が検討されます。以前番組で再生医療の一つ「APS治療」も取材しました。患者自身の血液を利用して炎症を抑え、痛みの軽減を目指す治療ですが、傷ついた軟骨そのものを修復するものではありません。
失われた軟骨を修復することはできないのか―。この難題に挑んできたのが、北海道大学(北大)病院整形外科の岩崎倫政医師です。
北大では2008年から、スポーツや事故などで損傷した関節軟骨を修復する再生医療の研究を進めてきました。これまでは自分の細胞を採取し、体外で培養して移植する方法がありましたが患者さんの身体への負担などが課題でした。

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そこで岩崎医師らがたどり着いたのが「細胞を移植するのではなく、患者自身の細胞が集まり、軟骨を修復するための“足場”をつくる」という新しい発想でした。
そして生まれたのが、北大と製薬会社が15年以上かけて共同開発した、国内初の軟骨修復材「モチジェル」です。手術は、軟骨の損傷部分に注射器に入ったモチジェルを注入し、塩化カルシウムを加えてゲル状にします。この“足場”に、軟骨の基になる患者自身の細胞が集まり、新しい軟骨の形成を促す仕組みです。
実際に治療を受けた10代の野球選手の画像を見せてもらいました。肘の「離断性骨軟骨炎」で軟骨が一部損傷し、激しい痛みがありました。ところが、モチジェルによる治療が行われると…モチジェル移植術から約86週後、画像では、損傷していた部分に軟骨の修復が確認され、滑らかな表面が蘇っていました。野球にも復帰、日常生活も痛みなく送れるようになったといいます。もちろん、治療の効果や回復には個人差があります。
この治療の大きな特徴は、正常な軟骨を別の場所から採取する必要がないこと。自分自身の細胞が集まる環境をつくることで、身体への負担を抑えながら、より質の高い軟骨の修復を目指します。
モチジェルは、2025年12月から保険適用となり、北大病院でも治療が始まりました。ただ誤解してはいけないのは、現在の対象は、主にスポーツや事故などによる比較的小さな関節軟骨の損傷。現時点で、私が経験した変形性膝関節症にモチジェルが使えるわけではありません。
岩崎医師は「まだすべての患者さんが受けられる治療ではありませんが、これまで難しかった軟骨の修復に、新しい選択肢が生まれました」と話します。さらに研究を進め、変形性関節症への応用も含め、より多くの患者さんの関節を守る治療へ発展させたいと考えています。
「一度傷ついた軟骨は元に戻らない」という常識に、再生医療が挑み始めています。細胞そのものを移植するのではなく、自分自身の細胞が持つ力を生かし、傷ついた軟骨の修復を目指す。関節治療は今、“痛みを和らげる”その先へ…失われた機能を取り戻す医療へと一歩ずつ進もうとしています。
■軟骨とは
少数の軟骨細胞とコラーゲンなどの基質に囲まれた組織で、血管、神経、リンパ管が存在しないため栄養や刺激が届かない。そのため軟骨細胞はほとんど増殖せず、軟骨が損傷するとほぼ治ることはない。軟骨は成分によって硝子軟骨・線維軟骨・弾性軟骨の3種類に分類される。硝子軟骨は、骨端部分を覆う関節や、気管、咽頭などに存在し、線維軟骨は、脊椎など動きの少ない関節にあって骨と骨の間でクッションの役割を果たす。弾性軟骨は、耳などを形づくる軟骨を指す。
(K)

