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■救命救急医療の現場から見た“臓器提供”という選択

 ある日、突然訪れる命の危機―。1人でも多くの命を救うため1秒を争う救命救急の現場、北海道大学病院の救命救急センターでは、24時間365日体制の救命救急チームがあらゆる状況に対応できるように備え、命の最前線で奮闘しています。

 高度な医療を必要とする重篤患者を受け入れる“三次救急”の役割を担い、交通事故による多発外傷、敗血症、心停止、脳卒中、広範囲熱傷、中毒など年間1100〜1200件の救急搬送を受け入れています。

「いつでも、どこでも、誰にでも…質の高い高度な医療を提供するのが救急医。目の前で命が尽きようとしている患者さんを救い、歩いて帰してあげられることに大きなやりがいを感じます」、そう語るのは、北海道大学病院救命救急センター長の和田剛志医師。あらゆる病気や怪我に対応しなくてはならない救急医は、災害時の医療など社会的役割も果たします。

 密着取材を始めた6月のある日。朝から北大病院救命救急センターでは、ウィークリーカンファレンス(会議)が行われていました。週に一度、救急搬送された患者の容態や治療方針について、より詳しく綿密に情報共有がなされます。

 そして、緊迫感が漂うICU集中治療室では、医師や看護師、薬剤師、理学療法士など多職種のスタッフが連携して、複数の管に繋がれた重症患者の命を繋ぎ止めようと懸命に治療が行われていました。昨年4月からは、病院内での救急救命処置や診療の補助などを施す“院内救急救命士”もチームに加わり、救命の可能性を少しでも高めるために、スタッフ一人ひとりが専門性を発揮し全力を尽くしています。

▲救命救急センターでは24時間、和田剛志医師はじめ救急医が待機している

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 その一方で、救いたくても救えない命があるのも現実です。
「過去10年間のデータでは、北大病院に救急搬送される約1万1千人のうち、約5%が“脳死とされうる状態”と臨床的に判断されています」と語るのは、同センターの早水真理子医師。“脳死”とは、脳全体の機能が失われた状態で、回復の見込みはありません。その時、患者家族は「治療を続けるか」「中止するか」、あるいは救命の努力が尽くされたその先に「臓器提供」という選択と向き合うことになります。

 しかし、日本では「臓器提供をする・しない」という意思表示をあらかじめ行っている人が非常に少ないのが現状です。2021年に内閣府が実施した世論調査によると、意思表示をしている人は全体のわずか約1割。北大病院の救命救急現場でも、免許証や意思表示カードで意思が明確だったという例はほとんどないと言います。

 さらに、提供の意思があっても実現できない“壁”も─。
 和田医師は「臓器提供を希望していても、医療機関側の人員不足、体制や設備などの問題により、提供を諦めるケースも少なくありません」と懸念を抱きます。受け入れ体制が整っていない病院では、摘出手術や輸送の準備が間に合わず、ドナーの意思を叶えられないケースが発生しているのです。

 迅速かつ高度な判断プロセスと医療体制が求められる臓器提供。道内でも特に地方の病院では「脳死の患者を管理できない」「臓器提供の説明にまで至らない」など臓器提供のハードルは高いままです。そのため数年前から北大病院では、地方の医療機関と連携して研修や勉強会を行うなど、体制の強化を支援しています。

 和田医師は、臓器提供がより身近な選択肢として根付くためには「まずは国民全体の理解を深めることが重要」とした上で、「医療現場の受け皿を整備し、提供希望者=“ポテンシャルドナー”の意思を確実に拾い上げる体制が必要」と訴えます。

 目の前の命を救う─それが救急医療です。
 一方で、救えなかった命の“意思”をどう未来へ繋ぐのか、もしも脳死状態になった時どのような最期を迎えるのか…私たち社会全体にも問いかけられています。

■救命救急センター
 原則として24時間365日体制で、他の医療機関から搬送された重症患者も受け入れる。集中治療室(ICU)や専用の病床を備え、地域の「最後の砦」として生命危機を救う役割を担う。北海道の最新データによると札幌を中心とした道央圏の6ヵ所の病院を含め全道に13ヵ所の医療機関が指定され、合わせて409床の受け入れ能力がある。北海道大学病院は令和3年12月に指定を受け20床の病床数を持つ。

(K)

松本 裕子(医療キャスター)

松本裕子

uhbニュースキャスター時代に母親のがんがきっかけで2010年からがん医療取材・啓発活動をスタート。北海道新聞とともに「がんを防ごう」キャンペーンを展開し、予防や早期発見、最新治療、がんと生きる―などをテーマに医療特集を自ら制作。その後、現代人を襲う様々な疾患について、患者に寄り添った取材活動を続けている。また、女性のライフスタイルや健康のサポートにも取り組んでいる。
★uhbで毎月第4日曜日 早朝6時15分〜6時30分「松本裕子の病を知る」放送中。
 YouTubeでも配信している。